返品権付きの販売
2021年10月22日
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕
※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。
適用指針「返品権付きの販売」の概要
返品権付きの販売とは,企業が顧客に資産(商品・製品)を売り渡すとともに,顧客の一方的な意思表示により当該資産の返還を受け,その代償を提供する義務を負う契約をいいます。
企業は,Step2「契約における履行義務を識別する」で,契約における取引開始日に,契約における約束として,顧客に資産(商品・製品)を引き渡す義務を識別します。返品権付きの販売では,企業は,これに加え,返品権に関する約束を識別しますが,これを独立の履行義務として識別せず,その代わり,対価を受け取る権利を認識したときに,顧客に返金する義務(返金負債)を認識します。
企業は,顧客に資産(商品・製品)を移転した時に,Step3「取引価格を算定する」に従い,企業が権利を得ると見込む対価(返品が見込まれない資産の対価)の額を算定し,収益を認識します(指針85(1),86)。企業は,顧客から受け取った対価又は対価を受け取る無条件の権利(債権)を認識するときは,そのうち収益として認識しない金額(返品が見込まれる資産について受け取った対価又は受け取る対価の額)で返金負債を認識します(第53項,指針85(2))。
企業が返金負債を認識したときは,返金負債の決済時に顧客から資産を回収する権利について,当該資産の従前の帳簿価額から予想される回収費用を控除した金額で返品資産を認識し,これに対応する売上原価を修正します(指針85(3),88)。
適用指針「返品権付きの販売」(指針84~89)は,返品権付きの販売に関する処理の指針を提供します。
返品権付きの販売
l 返品権付きの販売
返品権付きの販売とは,企業が顧客に資産(商品・製品)を売り渡すとともに,顧客の一方的な意思表示により当該資産の返還を受け,その代償を提供する義務を負う契約をいいます。
返品権付きの販売は,①企業が顧客に資産(商品・製品)を売り渡すこと(売買契約),②顧客が一方的な意思表示により当該資産を返還する代わりに,その代償を受ける権利を有すること(返品権),③②の約束が①と同一の機会に行われること(同一機会)の3つの要素からなります。
返品権付きの販売は,我が国の実務では従来まで返品調整引当金を計上する取扱いがされていましたが,本基準は,国際的な比較可能性を損なわせないために代替的な取扱いを定めなかったので,本基準の適用により我が国の実務が大きく変わることとなります(指針182)。
Ø 返金条件付きサービス
企業が顧客の一方的な意思表示により顧客が支払った対価の返金その他の代償を提供する義務を負う役務提供契約(返金条件付きサービス契約)も返品権付き販売として処理します(指針85)。返金条件付きサービスでは,顧客が一方的な意思表示により支払った対価の返金その他の代償を受けるだけで,企業から提供を受けたサービスを返還する必要がない場合が少なくありませんが,返品資産を回収する権利などの一部の処理を除き,性質上可能な限り,返品権付き販売に準じて処理します。
l 売買契約(販売)
返品権付きの販売は,企業(売主)が一定の財産権を顧客(買主)に移転することを約し,顧客がその代金を支払うことを約する売買契約を基礎とします。
返品権付きの販売の処理は,顧客が返品権を行使する前に,資産(商品・製品)の支配が顧客に移転していることが前提となります(指針84)。
顧客との契約で検収が予定されており,企業が提供した資産が契約において合意された条件(数量・品質・性能・仕様等)に従っていないため,検収の完了(検査の合格)前に,顧客が当該資産を返還して代替物の引渡しを求める場合は,当該資産の支配が顧客に移転していないので(第40項(2),(5),指針80~83参照),返品権付きの販売として取り扱いません。
また,企業が,資産を需要者(最終顧客)に販売するために,他の当事者(流通業者・販売業者)にその物理的占有を移転するものの,需要者に移転するまで当該他の当事者が当該資産を支配しない場合には,企業と他の当事者との間の契約は委託販売契約であり(指針75),返品権付きの販売として取り扱いません。
l 返品権
返品権とは,顧客が一方的な意思表示により,企業から購入した資産を返還する代わりに,次のa~cのような代償を受ける権利をいいます(指針84)。
a 顧客が支払った対価の全額又は一部の返金
b 顧客が企業に対して支払義務を負う又は負う予定の金額に適用できる値引き
c 別の商品・製品への交換
返品権付きの販売は,企業が顧客の要求により資産を買い戻す義務(プット・オプション)(指針153(3))を負う形態の買戻契約の一種と位置づけられます。返品権は,プット・オプションの一種であり,その法形式は解除権であることが多く,一般に顧客が返還する資産は顧客が購入した資産そのものです。
いったん資産(商品・製品)の支配が顧客に移転した後に,顧客が種類,品質,状態及び価格が同じ別の資産と交換すること(例えば,別の色又は大きさのものとの交換)は,本基準の目的を考慮し,返品権付きの販売として取り扱いません(IFRS/B 26)。
l 同一機会
返品権に関する約束は,売買契約(販売)と同一の機会に行われる必要があります。契約の存在形式(同一の契約か別の契約か,文書か口頭か)は問いません。
企業が資産(商品・製品)の支配を顧客に移転した後に,顧客との間で当該資産の返還を受け,その代償を提供することを事後的に約束することは,返品権付きの販売ではありません。もっとも,そのようなケースでは,当初の売買契約までに,取引慣行,公表した方針等により返品権に関する約束が含まれていたかどうかを検討する必要があります。
返品権付きの販売の識別
l 返品権付きの販売の識別
企業は,Step2「契約における履行義務を識別する」で,契約における取引開始日に,契約における約束(契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制力のある義務)として,顧客に資産(商品・製品)を引き渡す義務を識別します。
返品権付きの販売では,企業は,これに加え,企業が負担し又は拘束を受ける強制力のある義務又は契約に含意されている約束として,返品権に関する約束を識別します。
l 返品権に関する約束
返品権に関する約束は,契約書に返品に関する契約条項として明示的に定められることもありますが,企業が属する業界又は企業自らの取引慣行,公表した方針等から黙示的に含意される場合も少なくありません。一般的に,生鮮食料品の業界,出版業界,医薬品業界等には,返品の取引慣行があります。返品の可能性と返品期間の長さは,業界ごとに大きく異なり,例えば,生鮮食料品の業界は,通常,出版業界よりも返品率が低く返品期間も短いといわれます。業界や企業の取引慣行を考慮する場合には,企業と顧客との間でその慣行に従う意思を示す事実及び状況(例えば,企業がこれまで顧客からの返品を受け入れてきた実績があるかどうか)も重要になります。
また,消費者との訪問販売・電話勧誘販売・連鎖販売取引・特定継続的役務提供契約・業務提供誘引販売取引(以上,特定商取引法),クレジット契約(割賦販売法),商品預託取引(特定商品預託取引法)には,クーリングオフ制度の適用があります。企業が資産を顧客に移転した後,クーリングオフ期間内に申込みの撤回,契約の解除がされる場合には,契約書に返品に関する契約条項がなくとも,返品権付きの販売として取り扱います。通信販売でも,一定の要件を満たす特約がない限り法定返品権が認められるので,返品権付きの販売として取り扱います。このようなクーリングオフ制度等の法律による規制が,業界における自主規制を促進し,返品の取引慣行を醸成する場合もあります。
l 返品の条件(理由)
返品権の行使に顧客の選択(顧客の意思決定)以外の条件として,資産(商品・製品)を正常に利用できないという理由が必要とされる場合には,返品権付きの販売ではなく,適用指針「財又はサービスに対する保証」(指針34~38)として処理します(指針89)。
実際に顧客が返品する理由は,資産に不満があるとか,資産を第三者に販売できなかったとか,さまざまで構いませんが,資産を正常に利用することができないという理由がなければ返品できない場合には,企業は,財又はサービスが合意された仕様に従っているという保証又はそれに加えて顧客にサービスを提供していることになります。そこで,企業は,適用指針「財又はサービスに対する保証」に従って処理します。
返金負債
l 返品権サービス
返品権に関する約束は,返品受入期間中に返品される商品・製品の受け入れに備えて待機するサービスを顧客に提供しており,この返品権サービスを独立の履行義務として識別することもできます(IFRS/BC 363)。
仮に返品権サービスを独立の履行義務として識別する場合には,Step4「契約における履行義務に取引価格を配分する」で,契約における取引開始日に返品権サービスの独立販売価格を見積り,顧客に資産を引き渡す履行義務の独立販売価格との比率に基づいてそれぞれの履行義務に取引価格を配分することになります(第68項参照)。
しかし,返品権付きの販売の多くは,返品の数が全体に占める割合が小さく,返品期間も短いので,契約における取引開始日に返品権サービスの独立販売価格を見積り,独立の履行義務として処理したとしても,それにより財務諸表利用者に提供される情報がもたらす効果は,そのような処理の複雑性やコストに見合いません。そこで,本指針は,返品権サービスを独立の履行義務として処理する代わりに,顧客が返品権を行使した時に発生する返金義務(返金負債)を認識します(指針161,IFRS/BC 366)。
l 返金負債
返品権付の販売では,一般に,企業が資産の支配を顧客に移転した時に当該資産と交換に対価を受け取る無条件の権利(債権)を取得しますが,顧客が返品権を行使する場合には返金義務が発生し,実質的に顧客から受け取った又は受け取る対価を返還することになります。そのため,企業は,実質的に不確定な(数量の)販売を行っており,返品権が消滅した時にはじめて販売の成立・不成立が確定するとみることもできるので,企業が最終的に返還せずに保持すると見込む対価の額に基づき収益を認識することが適切です。
そこで,本指針は,顧客が返品権を行使した結果として不成立になると予想される販売について,企業は収益を認識すべきではなく,その代わりに顧客に返金する義務(返金負債)を認識することとします(IFRS/BC 364)。
企業は,顧客に資産を移転し,履行義務を充足した時点で収益を認識しますが(第35項),認識すべき収益の額を決定するにあたって,返品権が消滅した時に企業が保持すると見込む対価の額を取引価格(権利を得ると見込む対価の額)とみなして,Step3「取引価格を算定する」の処理(第47項~第64項)を行います(第53項,指針86)。これらの処理の中には,変動対価の見積りの制限(第54項)も含まれるので,企業は,返品権が消滅する時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り,収益を認識します。
これにより,企業は,顧客に資産(商品・製品)を移転した時に,企業が権利を得ると見込む対価(返品が見込まれない資産の対価)の額だけを収益として認識します。顧客から受け取った又は受け取る対価のうち,企業が権利を得ると見込まれない対価(返品が見込まれる資産の対価)の額については,収益を認識せず,返金負債を認識します(第53項,指針85(2),IFRS/BC 365)。
l 返品権サービスと返金負債
返金負債は,履行義務ではないため,契約における取引開始日に識別せず,独立販売価格に基づいて取引価格を配分することもしません。返金負債は,あくまで企業が対価を受け取った又は対価を受け取る無条件の権利(債権)を認識するときに,そのうち顧客が返品権を行使した時に発生する返金義務の金額(返品が見込まれる資産の対価の額)を見積り,負債として認識するものです。
しかし,仮に返品権サービスを独立の履行義務として取り扱った場合には,当該履行義務は,返金負債と同様に,顧客に資産(商品・製品)を移転した時から顧客の返品権が消滅するまで残存履行義務として処理され,かつ,当該履行義務に配分される取引価格も返金負債の金額に近似すると考えられます。そのため,返品権サービスの履行義務と返金負債は同様の機能を有する負債であり,双方を重複して処理すべきではありません。
そこで,本指針は,返金負債を認識する代わりに,返品権サービス(返品受入期間中に返品される商品・製品の受入れに備えるという約束)を独立の履行義務として識別しないこととします(指針161)。
返品権付きの販売の会計処理
l 収益・返金負債・返品資産
企業は,次のa~cのすべてについて処理します(指針85)。
a 収益
企業は,顧客に資産(商品・製品)を移転したときは,企業が権利を得ると見込む対価(返品が見込まれない資産の対価)の額で収益を認識します。
b 返金負債
企業は,顧客から受け取った対価又は対価を受け取る無条件の権利(債権)を認識するときは,そのうち収益として認識しない金額(返品が見込まれる資産について受け取った対価又は受け取る対価の額)で返金負債を認識します。
c 返品資産
企業は,返金負債を認識するときは,返金負債の決済時に顧客から資産を回収する権利について返品資産を認識し,これに対応して売上原価を修正します。
l 当初認識
企業は,次のa~cについて,顧客に資産(商品・製品)を移転するときに,以下のとおり処理します。
a 収益
企業は,顧客に資産(商品・製品)を移転し,履行義務を充足したときに,認識すべき収益の額を決定するにあたって,返品権が消滅した時に企業が保持すると見込む対価の額を取引価格(権利を得ると見込む対価の額)とみなして,Step3「取引価格を算定する」の処理(第47項~第64項)を行い,企業が権利を得ると見込む対価(返品が見込まれない資産の対価)の額を算定し,収益を認識します(指針85(1),86)。企業が認識する収益は,変動対価の見積りの制限(第54項)により,返品権が消滅する時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限られます(IFRS/BC 365)。
b 返金負債
企業は,顧客から受け取った対価又は対価を受け取る無条件の権利(債権)を認識するときは,そのうち収益として認識しない金額(返品が見込まれる資産について受け取った対価又は受け取る対価の額)で返金負債を認識します(第53項,指針85(2))。
c 返品資産
企業は,返金負債を認識したときは,返金負債の決済時に顧客から資産を回収する権利について,当該資産(例えば,棚卸資産)の従前の帳簿価額から予想される回収費用(当該資産の価値の潜在的な下落の見積額を含みます。)を控除した額で返品資産を認識し,これに対応する売上原価を修正します(指針85(3),88)。
返品資産は,返金負債と区分して表示し,返金負債と相殺表示してはなりません(指針105)。財務諸表利用者に提供する情報の透明性を高めるため,返品資産を区分して認識し,返品資産を減損テストの対象とします(IFRS/BC 367)。
Ø 会計処理
例えば,企業が顧客に100個の製品を@100(原価70)で販売します。企業は,返品期間30日間中に,25%の確率で生じる状況下では製品1個が,50%の確率で生じる状況下では製品3個が,25%の確率で生じる状況下では製品5個が返品され,いずれの状況でも返品の回収のためのコストは@10と予想します。
企業は,顧客に製品100個を移転した時に,下表のとおり,期待値を使用して返品が見込まれる確率加重数量が3個であり,企業が権利を得ると見込む対価の額を9,700と算定し,この金額は返品期間満了時までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高いと判断します。
@100 × 返品が見込まれない数量( 100 - 3 ) = 9,700
企業は,次のとおり,収益9,700,返金負債300を認識します。
また,企業は,次のとおり,製品を回収する権利として,製品(棚卸資産)の従来の帳簿価格@70から返品の回収費用@10を控除した@60で返品資産を認識します。
@( 70 - 10 ) × 返品が見込まれる数量 3 = 180
l 事後の見直し
企業は,次のa~cについて,顧客に資産(商品・製品)を移転した後の決算日に,以下のとおり処理します。
a 収益
企業は,各決算日に,返品権が消滅した時に企業が保持すると見込む対価の額を取引価格(権利を得ると見込む対価の額)とみなして,Step3「取引価格を算定する」の処理(第47項~第64項)を行い,顧客に移転した資産と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額を見直し,認識した収益の額を変更します(指針87)。
b 返金負債
企業は,各決算日に,返金負債の額を見直し,返金負債に対応する調整を収益又は収益の減額として認識します(第53項,指針87)。
c 返品資産
企業は,各決算日に,資産の従前の帳簿価額から控除する予想される回収費用(当該資産の価値の潜在的な下落の見積額を含みます。)の額を見直します(指針88)。
Ø 会計処理
例えば,企業は,決算日に,25%の確率で生じる状況下では製品1個が,50%の確率で生じる状況下では製品2個が,25%の確率で生じる状況下では製品3個が返品されると予想を見直します。企業は,下表のとおり,期待値を使用して返品が見込まれる確率加重数量が2個であり,企業が権利を得ると見込む対価の額を9,700から9,800に見直します。
@100 × 返品が見込まれない数量( 100 - 2 ) = 9,800
企業は,次のとおり,追加で収益100,返金負債▲100を認識します。
また,企業は,次のとおり,製品を回収する権利として,製品(棚卸資産)の従来の帳簿価格@70から返品の回収費用@10を控除した@60で返品資産の金額を180から120に見直します。
@( 70 - 10 ) × 返品が見込まれる数量 2 = 120
【凡例】 第〇項 企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
指針〇 同適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」
IFRS/B IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」付録B(適用指針)
IFRS/BC IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠)