取引価格の算定

取引価格と変動対価

20211011

弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。

Step3「取引価格を算定する」の概要

企業は,Step2「契約における履行義務を識別する」の次のステップで,契約における取引開始日に,取引価格を算定します。本基準は,次の1のとおり,一般的な取引価格の算定方法を定めるほか,次の2~5のとおり,取引価格の見積りに影響を与える4つの類型について取引価格の算定方法を定めます(第48項)。

1 取引価格

取引価格とは,財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額(ただし,第三者のために回収する額を除きます。)をいいます(第8項)。

顧客が対価として固定額の現金を相当の期間内に支払うことを明示に約束する場合は,契約において約束された対価の額(契約価格)から単純に取引価格を算定できますが,本基準は,取引価格の見積りに影響を与える次の2~5の4つの類型について取引価格の算定方法を定めます(第48項,IFRS/BC 188)。

2 変動対価

本基準は,顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分(変動対価)について,変動対価の見積方法を定め,見積られた変動対価の額の一部又は全部を取引価格に含めることを制限します(第50項~第55項)。

3 契約における重要な金融要素

本基準は,契約の当事者が明示的に又は黙示的に合意した支払の時期により,財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供される場合について,取引価格の算定方法を定めます(第56項~第58項)。

4 現金以外の対価

本基準は,契約における対価が現金以外の場合について,取引価格の算定方法を定めます(第59項~第62項)。

5 顧客に支払われる対価

本基準は,企業が顧客(あるいは顧客から企業の財又はサービスを購入する他の当事者)に対して対価を支払う又は支払うと見込まれる場合について,取引価格の算定方法を定めます(第63項,第64項)。

また,本指針は,このステップに関連する特定の状況又は取引として,返品権付きの販売の取扱いを定めます。

Step3- 取引価格

企業は,Step3「取引価格を算定する」で,契約における取引開始日に,取引価格を算定しますが,算定した取引価格(変動対価の見積りの制限を受けます。)は,Step4「契約における履行義務に取引価格を配分する」で,識別した履行義務のそれぞれに配分されます。企業は,履行義務を充足した時に又は充足するにつれて,取引価格のうち当該履行義務に配分した金額について収益を認識します(第46項)。

取引価格は,契約において約束された対価の額(契約価格)を基礎とし,契約条件や取引慣行等を考慮して算定します(第47項)。契約において約束された対価の性質,時期及び金額は,取引価格の見積りに影響を与えるので,取引価格の算定にあたって,①変動対価,②契約における重要な金融要素,③現金以外の対価,④顧客に支払われる対価のすべての影響を考慮します(第48項)。

取引価格とは

l  取引価格とは

取引価格とは,財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額(ただし,第三者のために回収する額を除きます。)をいいます(第8項)。

取引価格は,契約において約束された対価の額(契約価格)を基礎とし,契約条件や取引慣行等を考慮して,企業が約束した財又はサービスの顧客への移転と交換に権利を得ると見込む対価の額を算定します(第47項)。

Ø  配分後取引価格アプローチ

本基準は,IFRS15号と同様に,財又はサービスを提供する義務(負債)の測定を,取引価格を契約における各履行義務に配分して行うアプローチ(配分後取引価格アプローチ)を採用します(IFRS/BC 25,26,181)。

契約に基づく収益認識の原則では,契約における取引開始日から企業が財又はサービスを提供する義務を充足するまで収益を認識してはならないため,その間,対価を受け取る権利(資産)の測定値が,単一又は複数の履行義務の測定値(の合計)を上回ってはなりません。

したがって,対価を受け取る権利(資産)を取引価格で測定する以上,履行義務(負債)についても,単一であれば取引価格と同額で測定し,複数であれば取引価格をそれぞれの履行義務に配分する考え方が適しています。

これに対し,財又はサービスを提供する義務を,企業が独立した第三者に移転すると仮定した場合にその第三者から支払を求められる対価(債務引受けの代金)の金額で測定する考え方(現在出口価格アプローチ)もあります。

しかし,一般に,企業は顧客との契約の対価に契約を獲得するためのコストも含めて回収するため,この考え方では,契約における取引開始日に,対価を受け取る権利(資産)の測定値が財又はサービスを提供する義務(負債)の測定値を上回ることが多く,企業が約束した財又はサービスを顧客に移転する前に収益を認識してしまいます(IFRS/BC 25(a))。また,現在出口価格は,通常は観察可能ではなく,見積りが複雑でコストがかかり,検証が困難になるおそれがあります(IFRS/BC 25(c))。しかも,約束した財又はサービスの価値の変動性は,本来的に小さいか,又は顧客への移転までの比較的短期間では限定的であり,財務諸表利用者に追加的な情報をほとんど提供しません(IFRS/BC 25,182)。

このような理由から,本基準は,IFRS15号と同様に,現在出口価格アプローチを採用しません(IFRS/BC 2527,182)。

l  取引価格の留意点

取引価格については,以下のa~cに留意します。

a 現在の契約の価格を基礎とすること

取引価格には,企業が現在の契約に基づいて権利を有している対価の額(変動する可能性のある部分を含みます。)だけを含め(IFRS/BC 186),新たな契約の成立により権利を得ることとなる対価の額を含めません。

例えば,顧客が現在の契約に含まれる追加の財又はサービスを取得するオプションを行使した場合には,企業は顧客との間で追加の財又はサービスを提供する新たな契約を締結しますが,新たな契約の対価(通常の価格から重要な値引きがされた価格)は,現在の契約に係る取引価格に含めません(IFRS/BC 186)。

また,企業は,顧客が現在の契約の価格が変更されることを予測していても,顧客との間で変更契約が成立する(顧客が変更を承認する)まで,変更後の新たな契約の対価は,現在の契約に係る取引価格に含めません(IFRS/BC 186)。

b 取引価格の支払者は顧客に限らないこと

企業が現在の契約に基づいて権利を有している対価の額は,いかなる当事者が支払ってもよく,顧客以外の当事者が支払う場合も取引価格に含まれます。

医療介護業界では,患者(顧客)だけでなく,保険会社あるいは政府機関からも受け取る対価の額に基づいて取引価格を算定します(IFRS/BC 187)。

また,例えば,仕入先であるメーカーが企業の顧客に直接クーポン又はリベートを発行する場合には,企業は,顧客が使用したクーポン又はリベートによりメーカーから受け取る対価の額も取引価格に含めます(IFRS/BC 187)。

しかし,消費税等のように,企業が第三者に代わって回収する額は,取引価格に含めません。

本基準は,取引価格の定義に対して税込方式を容認する例外を設けることは相当ではないことや,非課税取引が主要な部分を占める企業は売上に係る消費税等の額は重要性に乏しいことなどから,税込方式を容認する代替的な取扱いを定めません(第212項)。

Ø  他社ポイントの付与

企業が,他の当事者が運営するポイントプログラムに加盟し,顧客から当該ポイントプログラムの会員であることを示された場合にはポイントを付与し,ポイント相当額を他の当事者に支払うこととされている場合(設例29),第三者である他の当事者のために回収したポイント相当額は取引価格から除外します。

c 顧客の信用リスクを反映しないこと

取引価格は,企業が“権利を得る”と見込む対価の額(すなわち,多くの場合,法律上の債権額に等しい。)を基礎とするので,企業が権利を得たとしても顧客の信用リスクのために受け取れない(すなわち,貸し倒れる)と見込まれる対価の額も含まれます。

20106月公表のIFRS15号の公開草案は,取引価格を企業が“受け取る”と見込む対価の額と定義づけ,顧客の信用リスクを反映した金額で算定することとしていました。しかし,財務諸表利用者に企業の収益の成長(販売機能)と債権管理(債権回収機能)を別々に分析できる情報を提供することを重視し,取引価格を企業が“権利を得る”と見込む対価の額と定義を改め,顧客から回収できないというリスク(顧客の信用リスク)を取引価格に反映しない取扱いに変更しました(IFRS/BC 259261)。

取引価格の算定

l  取引価格に基づく収益の金額の算定

企業は,履行義務を充足した時に又は充足するにつれて,取引価格(変動対価の見積りの制限を受けます。)のうち,当該履行義務に配分した金額について収益を認識します(第46項)

l  取引価格の算定

取引価格は,契約において約束された対価の額(契約価格)を基礎とし,契約条件や取引慣行等を考慮して算定します(第47項)。

ただし,企業は,取引価格の算定にあたって,財又はサービスが契約に従って顧客に移転され,契約の取消,更新又は変更はないものと仮定します(第49項)。

顧客が対価として固定額の現金を相当の期間内に支払うことを明示に約束する場合は,契約において約束された対価の額(契約価格)から単純に取引価格を算定できます。しかし,契約において約束された対価は,固定金額,変動金額あるいはその両方の金額で,契約に明示され,又は黙示に含意されている可能性があり,契約において約束された対価の性質,時期及び金額は,取引価格の見積りに影響を与えます。

本基準は,取引価格の見積りに影響を与える以下のa~dの4つの類型について取引価格の算定方法を定めます(第48項,IFRS/BC 188)。

a 変動対価(第50項~第55項,指針2326

b 契約における重大な金融要素(第56項~第58項,指針2729

c 現金以外の対価(第59項~第62項)

d 顧客に支払われる対価(第63項,第64項,指針30

Step3-② 変動対価

企業は,Step3「取引価格を算定する」で,以下の順に処理を行います。

1 企業は,まず,顧客との契約に含まれる変動対価を識別します(IFRS/BC 189(a))。

企業が変動対価を識別しない場合には,このサブ・ステップ(Step②変動対価)は終了します。

2 企業は,変動対価を識別した場合には,変動対価の額を見積ります(IFRS/BC 189(b))。

企業は,①最頻値又は②期待値のいずれかの方法のうち,企業が権利を得ることとなる対価の額をより適切に予測できる方法を用います(第51項)。

3 企業は,見積られた変動対価の額の一部又は全部を取引価格に含めるかどうかを評価します(IFRS/BC 189(c)

企業は,見積られた変動対価の額のうち,変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に,解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り,取引価格に含めます(第54項)。

4 企業は,各決算日に変動対価の見積りを見直します(IFRS/BC 189(d))。

企業は,取引価格が変動する場合には,Step4「契約における履行義務に取引価格を配分する」で,取引価格の変動の処理(第74項~第76項)を行います(第55項)。

変動対価の識別

l  変動対価とは

変動対価とは,顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分をいいます(第50項)。

変動対価は,企業が契約に基づいて権利を得ることとなる対価が変動する可能性のあるすべての状況で生じる可能性があり(IFRS/BC 190),例えば,値引き,リベート,返金,インセンティブ,業績に基づく割増金,ペナルティー等の形態により対価の額が変動する場合や,返品権付きの販売等があります(指針23)。

我が国において変動対価の額を見積ることが極めて困難な取引があり,特に交渉によって対価の額が確定する取引については,変動対価の額を見積ることが実務上困難ですが,本基準は,その見積りの判断に資する要件を一意的に定めることが困難であることなどを踏まえ,代替的な取扱いを定めません(指針183)。

l  変動対価の識別

企業は,まず,顧客との契約に含まれる変動対価を識別します(IFRS/BC 189(a))。

顧客が契約において変動性のある対価の額を算定することを約束する場合だけでなく,契約において約束された対価に対する企業の権利に条件が付される場合も対価が変動します(IFRS/51項)。条件とは,法律効力の発生又は消滅を将来の実現や到来の不確実な事実の発生(成就)に係らせることをいいます。

契約において約束された対価に対する企業の権利に条件が付される場合には,たとえ契約に固定の価格が明示されていても,固定の価格に対する権利の全部の取得又は喪失のいずれかの可能性があるため,変動対価に該当します(IFRS/BC 191)。例えば,返品権付きの販売では,契約に固定の価格が明示されていますが,顧客が返品権を行使するという条件の成就により企業が受け取った対価を顧客に返金する義務が発生するので,変動対価に該当します。

他方,契約において約束された対価に対する企業の権利に期限が付されても,対価は変動しません。期限とは,法律効力の発生又は消滅を将来発生することが確実な事実に係らせることをいいます。発生すること自体は確実であるが,いつ発生するかが不確実な事実に係らせる場合を不確定期限といい,いつ発生するかが確実な事実に係らせる場合を確定期限といいます。

契約において約束された対価に対する企業の権利に確定期限が付されても,対価を受け取る期限が到来するまで時が経過するだけで,対価は変動しません。また,対価の後払いの定めは,企業がいつ財又はサービスを提供する義務(先履行義務)を履行するかが不確実なので不確定期限に該当しますが,このような不確定期限が付されても,企業の行為(約束した財又はサービスの移転や請求)により確実に権利が発生する場合には,対価は変動しません。

l  黙示の契約条件~価格譲歩~

企業が契約に明示された価格よりも低い価格を受け入れる可能性がある(契約が黙示的な価格譲歩を含む)ために,契約において約束された対価が変動することもあります(IFRS/BC 192)。

契約条件に示されなくとも,次のa又はbのいずれかの状況によって対価が変動することが示される場合があります(指針24)。

a 企業の取引慣行や公表した方針等に基づき,契約の価格よりも価格が引き下げられるとの期待を顧客が有していること

例えば,企業が顧客との関係を強化し,将来の販売を促進する目的で,過去に当該顧客に販売した商品について顧客が値引きして第三者に容易に売却できるように価格を引き下げることがあります。契約における取引開始日に,企業の取引慣行や公表した方針等から,価格を引き下げるであろうという合理的な期待を顧客が有している場合には,対価が変動する可能性があります(IFRS/BC 192)。

b 顧客との契約締結時に,価格を引き下げるという企業の意図が存在していること

例えば,企業が新規顧客との関係を開拓する戦略のため,新規顧客との契約価格を引き下げることがあります。企業の取引慣行や公表した方針等がないものの,他の要因により,契約における取引開始日に,企業が契約の価格を引き下げるという意図が存在する場合には,対価が変動する可能性があります(IFRS/BC 193)。

以上のように,企業は,契約が黙示的な価格譲歩を含む場合には変動対価として処理しますが,企業が顧客の信用リスクを受け入れることを選択する場合には貸倒損失として処理します。両者の区別が困難な場合もあるので,すべての関連性のある事実及び状況を考慮する必要があります(IFRS/BC 194)。

変動対価の見積りの方法

l  変動対価の見積り

企業は,変動対価を識別した場合には,変動対価の額を見積ります(IFRS/BC 189(b))。

企業は,変動対価の額を見積るにあたって,次のa又はbのいずれかの方法のうち,企業が権利を得ることとなる対価の額をより適切に予測できる方法を用います(第51項,第140項,IFRS/BC 195)。本基準は,財務諸表利用者にとっての理解可能性や企業間の比較可能性を確保するため,変動対価の見積方法を限定し,経営者の自由な裁量を認めていません(IFRS/BC 196198)。

a 最頻値…発生し得ると考えられる対価の額における最も可能性の高い単一の金額

契約において生じ得る結果が2つしかない場合(例えば,割増金の条件を達成するか否かのいずれかである場合)には,変動対価の額の適切な見積りとなる可能性があります(第140項,IFRS/BC 200)。企業は,最も可能性の高い結果を識別するために生じ得るすべてのシナリオの結果を考慮しますが,実務上,可能性の低いシナリオの結果を数値化する必要はありません(第142項,IFRS/BC 201)。

b 期待値…発生し得ると考えられる対価の額を確率で加重平均した金額

期待値は,決算日現在の不確実性のすべてを反映するので,企業が特性の類似した多くの契約を有している場合には,変動対価の額の適切な見積りとなる可能性がある。他方,契約において生じ得る結果が2つしかない場合には,期待値が契約において生じ得ない結果(金額)を示すこともあり,必ずしも企業が権利を得ることとなる金額を忠実に予測しない場合があります(第140項,IFRS/BC 199,200)。

企業は,期待値の算定にあたって,大量のデータを有し,多くの結果を識別できる場合であっても,複雑なモデルを用いてすべての結果を考慮する必要はなく,実務上,限定的な数のシナリオの結果及び確率を考慮すれば足ります。一定数のシナリオの結果及び確率が入手できる場合の多くは,生じ得る結果の分布を合理的に見積ることができます(第142項,IFRS/BC 201)。

l  合理性の原則

企業は,変動対価の額の見積りにあたって,企業が合理的に入手できるすべての情報を考慮し,発生し得ると考えられる対価の額について合理的な数のナリオを識別します(第52項)。企業が使用する情報は,通常,入札や提案等の過程及び財又はサービスの価格設定において経営者が使用する情報と同様のものになります(第141項)。

l  一貫適用の原則

企業は,変動対価の額に関する不確実性の影響を見積るにあたっては,契約全体を通じて単一の方法を首尾一貫して適用します(第52項)。

ただし,単一の契約の中に複数の不確実性が存在するときに,それぞれの不確実性の影響の見積りにつき必ずしも1つの方法を適用する必要はなく,異なる不確実性については異なる方法を適用することができます(IFRS/BC 202)。

変動対価の見積りの制限

l  変動対価の見積りの制限

企業は,見積られた変動対価の額の一部又は全部を取引価格に含めるかどうかを評価します(IFRS/BC 189(c))。

なお,本基準は,まず,変動対価の額を見積り,次に,その見積りの額の一部又は全部を取引価格に含めるかどうかを評価するという2段階のプロセスを定めますが,をまとめて,変動対価の額に関する不確実性が解消される際に,計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い範囲で変動対価の額を見積ることもできます(IFRS/BC 214,215)。

本基準は,のプロセスを,Step5「企業が履行義務の充足時に(又は充足するにつれて)収益を認識する」ではなく,のプロセスと同じStep3「取引価格を算定する」に位置付けます(IFRS/BC 220222)。

l  目的

本基準は,変動対価の見積りの不確実性が高すぎる場合には,企業が顧客に移転する財又はサービスと交換に権利を得ることとなる対価を忠実に描写しないおそれがあることから,財務諸表利用者に有用な情報を提供するため,変動対価の額の見積りの一部又は全部を取引価格に含めないこととします(IFRS/BC 203)。

財務諸表利用者が企業の将来の収益をより適切に予測するためには,ある報告期間における収益の測定値は,その後の報告期間に重大な戻入れが生じないことが必要になります。そこで,本基準は,変動対価の額の見積りに関し,収益の下方修正(収益の戻入れ)を制限します。上方修正を制限しないという片面性(偏り)があるものの,収益の目的適合性を高めるために合理的であるといえます(IFRS/BC 206,207)。

l  要件

企業は,見積られた変動対価の額のうち,変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に,解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り,取引価格に含めます(第54項)。

この評価にあたっては,次のa~cに留意します。

a 収益の累計額に対する制限

変動対価の見積りの制限は,充足した(又は部分的に充足した)履行義務について計上した収益の累計額に対する戻入れの制限を意味します(IFRS/BC 216)。単一の履行義務に固定対価と変動対価の両方が含まれる場合,収益の減額の程度が著しいかどうかの判断は,変動対価について生じ得る減額を,固定対価及び変動対価の合計額と比較して行います。これは,変動対価について生じ得る減額が,履行義務について計上した収益の累計額に対して著しいかどうかを判断するためです(指針126IFRS/BC 217)。

b 著しい減額の程度

本基準は,変動対価の見積りの制限がどの程度の確度で収益の著しい減額が発生しないことを確保するのかという問題(確信のレベル)を実務的に統一するため,そのレベルを「可能性が高い」という表現で明示します。「可能性が高い」とは,計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が発生する可能性よりも高いというレベル(過半・50%超)に比べ,発生しない可能性が著しく高いレベル,すなわちIFRSにおける“highly probable”と同程度の可能性を示します。本基準は,2017年公開草案で用いた「可能性が非常に高い」という表現から「可能性が高い」という表現に変更しましたが,我が国の他の会計基準等で用いられている表現と平仄を合わせたにすぎず,確度(可能性の程度)を下げることを意図したものではありません(第143項)。

企業は,このレベルを確率として定量化して評価する必要はなく,定性的な諸要因を考慮します(IFRS/BC 208212)。

c 変動対価の見積りの一部の制限

企業は,変動対価の額の見積りの一部を取引価格に含めれば,収益の著しい減額が発生しない可能性が高いと評価する場合には,変動対価の額の見積り全体を取引価格から除外する必要はなく,その一部を取引価格に含めます(IFRS/BC 218)。

ただし,知的財産のライセンスを供与し,売上高又は使用量に基づくロイヤルティを受け取る場合には,本指針第67項を適用するので(指針26),企業は,変動対価の額に関する不確実性が解消される(顧客に売上高又は使用量の実績が生じる)まで収益の認識が禁止されます(ロイヤルティ制限)。

l  要因

企業は,収益の著しい減額が発生しない可能性が高いかどうかを判定するにあたっては,収益が減額される確率及び減額の程度の両方を考慮します。

収益が減額される確率又は減額の程度を増大させる可能性のある要因には,例えば,次のa~eがあります(指針25IFRS/BC 213)。

a 市場の流動性又は第三者の判断若しくは行動等,対価の額が企業の影響力の及ばない要因の影響を非常に受けやすいこと

b 対価の額に関する不確実性が長期間にわたり解消しないと見込まれること

c 類似した種類の契約についての企業の経験が限定的であるか,又は当該経験から予測することが困難であること

d 類似の状況における同様の契約において,幅広く価格を引き下げる慣行又は支払条件を変更する慣行があること

e 発生し得ると考えられる対価の額が多く存在し,かつ,その考えられる金額の幅が広いこと

取引価格の事後の変動

l  取引価格の事後の変動

企業は,各決算日に変動対価の見積りを見直します(IFRS/BC 189(d))。

企業は,各決算日において,変動対価の見積りが制限されるのかどうかの評価も含め,変動対価の見積りを見直します。

契約における取引開始日後に不確実な事象が確定するに従って又は不確実な事象に関する新たな情報を企業が入手できるようになるに従って,企業が権利を得ると見込む対価の額の見積りが変化します。本基準は,財務諸表利用者に有用な情報を提供するため,各決算日現在で存在している状況及び報告期間中の状況の変化を描写するため,企業が契約の存続期間全体を通じて取引価格の見積りを見直すものとします(IFRS/BC 224)。

l  会計処理

企業は,取引価格が変動した場合には,Step4「契約における履行義務に取引価格を配分する」で,取引価格の変動の処理(第74項~第76項)を行います(第55項)。

 

【凡例】 第〇項   企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」

指針〇    同適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」

設例〇   同適用指針設例

IFRS第〇項    IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」

     IFRS/BC    IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠) 

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