契約における重要な金融要素
2021年10月14日
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕
※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。
Step3-③ 契約における重要な金融要素
企業は,Step3「取引価格を算定する」で,以下の順に処理を行います。
1 企業は,まず,顧客との契約が重要な金融要素を含むかどうかを判定します。後述する3.実務上の便法により判定することもできます。
契約の当事者が明示的に又は黙示的に合意した支払の時期により,財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供される場合には,顧客との契約に重要な金融要素が含まれます(第56項)。
顧客との契約に重要な金融要素が含まれない場合には,このサブ・ステップ(Step3–③契約における重要な金融要素)は終了します。
2 企業は,顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合,取引価格の算定にあたっては,契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整します(第57項)。
企業は,約束した財又はサービスが顧客に移転した時点で(又は移転するにつれて),当該財又はサービスに対して顧客が支払うと見込まれる現金販売価格を反映する金額で収益を認識します(第57項)。
3 実務上の便法として,契約における取引開始日において,約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が支払を行う時点の間が1年以内であると見込まれる場合には,重要な金融要素の影響について約束した対価の額を調整しないことができます(第58項)。
金利相当分の影響の調整
l 金融要素を含む契約
顧客との契約の中には,販売に係る取引(商品等の供給機能)と金融取引(金融機能)の2つの取引を含む場合があり,現金販売価格による収益要素と,後払い又は前払い条件の影響による金融要素に区分することができます。
例えば,顧客Aが商品を掛けで購入し,3年後に1,000を支払うことを約束し,この営業債権の現在価値が751であるとします。他方,顧客Bが,金融機関から751を借り入れ,3年後に1,000を返済するローンを使用して,顧客Aと同じ商品を購入します。これら2つの取引は経済的実態が同一ですが,仮に顧客Aとの契約に係る金利相当分の影響を調整しなければ,取引の形式によって企業が認識する収益が異なる結果となります(IFRS/BC 244)。
本基準は,金融要素を含む契約について,次のa及びbの理由で,契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整することを要求します(IFRS/BC 229)。
a 約束した財又はサービスと交換に得る対価の額で収益を認識する
本基準は,基本となる原則に基づき,約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように収益を認識しますが(第16項),金融要素を含む契約において約束された対価の額には,契約の目的とされた財又はサービスの対価のほかに金融サービスの対価が含まれているため,金利相当分の影響を調整しなければ,契約の目的とされた財又はサービスを顧客に移転した時に契約の目的とされた財又はサービスの対価とは異なる金額の収益を認識してしまうおそれがあります。例えば,顧客が契約に従って後払いをする場合,契約における金融要素を無視すると,企業が顧客の後払いが完了するまで顧客に金融サービスを提供しているにもかかわらず,契約の目的とされた財又はサービスを移転した時に契約において約束された対価の全額を収益として認識してしまいます。
b 顧客との契約の重要な経済的特徴に関する有用な情報を提供する
企業(又は顧客)は,契約におけるキャッシュ・フローの時期を考慮して契約の交渉を行う場合があります。重要な金融要素を識別することにより,顧客との契約の重要な経済的特徴(金融機能を含むこと)に関する有用な情報を財務諸表利用者に提供します。
l 目的
契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整する目的は,約束した財又はサービスを移転する時における現金販売価格を反映する金額で収益を認識することにあります(IFRS/BC 230)。
現金販売価格とは,約束した財又はサービスが顧客に移転した時点で(又は移転するにつれて),顧客が当該財又はサービスに対して顧客が現金で支払うと見込まれる価格をいいます(第57項,IFRS第61項)。
重要な金融要素の識別
l 要件
顧客との契約が次のa及びbをいずれも満たす場合には,重要な金融要素が含まれます(第56項)。
a 約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が支払を行う時点が異なること
契約の当事者が明示的又は黙示的に合意した支払時期が約束した財又はサービスを顧客に移転する時期と異なることは,契約が金融要素を含む前提条件となります。
b 財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供されること
上記aの2つの時点の間に相当な期間があることは,契約が金融要素を含む前提条件ですが,その期間の長さだけが金利相当分の影響の調整の必要性を決定づけるものではありません。契約の当事者が信用供与(金融機能)の便益を提供するために約束した財又はサービスを移転する時期と異なる支払時期を合意していない場合もあります。そこで,本基準は,aだけでなく,bも満たす場合に,顧客との契約に重要な金融要素が含まれるものとします(IFRS/BC 231)。
重要な金融要素は,信用供与の約束が契約に明記されているか,契約の当事者が合意した支払条件に含意されているかにかかわらず,存在する可能性があります(第144項)。
l 双方向性
契約の当事者が財又はサービスの顧客への移転の時点より後払いを合意するときは,企業から顧客に対して,逆に,前払いを合意するときは,顧客から企業に対して,それぞれ信用供与についての重要な便益が提供される可能性があります。
契約の当事者が財又はサービスの顧客への移転の時点より前払いを合意し,顧客から企業に対して信用供与についての重要な便益が提供される場合には,企業は受け取った現金よりも多額の収益を認識する結果となります。このような結果は,従来の実務を変更することとなり,顧客が信用供与以外の理由(例えば,顧客に重要な信用リスクがある場合や顧客が事前の契約コストを企業に補償する場合)で前払いする取決めについてはその経済的実質を反映しないなどの問題も指摘されています(IFRS/BC 237)。
しかし,例えば,企業が,長期の工事請負契約に必要な資材の調達資金の提供を受けるために顧客から多額の前払いを受けることを合意する場合など,前払いの合意により顧客から企業に対して信用供与についての重要な便益が提供されることがあります。そのような場合,契約において約束された対価の額は,企業が第三者から金融を得る場合の財務コストの分だけ低くなりますが,約束された財又はサービスが同一であるにもかかわらず,企業が信用供与についての重要な便益を顧客から受けるか第三者から受けるかによって認識すべき収益の額が異なるべきではありません。そこで,本基準は,契約の当事者が前払いの合意により顧客から企業に対して信用供与についての重要な便益が提供される場合にも,前払いによる金利相当分の影響を調整する処理を免除しないこととします(IFRS/BC 238)。
l 要素
契約が重要な金融要素を含むかどうかは,①金融要素が契約に含まれるかどうかと②金融要素が契約にとって重要であるかどうかの2つの要素があります(指針27)。
このうち②の金融要素が重要かどうかの評価は,契約単位で行います(指針128)。多くの契約については,金融要素の影響が顧客との契約に関して認識すべき収益の金額を大きくは変更しないため,金融要素が重要ではないと考えられます。
金融要素の影響が個々の契約単位で重要性に乏しい場合には,類似した契約のグループ全体で当該影響を集計した場合に重要性があるとしても,重要な金融要素を識別しません(指針128)。例えば,企業によっては,類似した契約のグループ全体で金融要素の複合した影響が企業全体にとって重要性がある場合もありますが,企業がそのような金利相当分の影響を調整することは過度に負担が大きくなるため,個々の契約単位で金融要素が重要でない限り,金利相当分の影響を調整する必要はありません(IFRS/BC 234)。
l 指標
企業は,①金融要素が契約に含まれるかどうか,②金融要素が契約にとって重要であるかどうかを評価するにあたって,次のa及びbの指標を含め,関連するすべての事実及び状況を考慮します(指針27,IFRS/BC 232)。
a 約束した対価の額と財又はサービスの現金販売価格との差額
企業(又は他の企業)が,支払条件に応じ,同一の財又はサービスを異なる対価の額で販売する場合には,通常,契約の当事者は契約に金融要素が含まれることを認識しています。ただし,この差額が信用供与以外の理由による場合もあります(指針28(3)参照)。
b 約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が支払を行う時点との間の予想される期間の長さ及び関連する市場金利の金融要素に対する影響
約束した財又はサービスの移転の時点と顧客が支払を行う時点との間の期間と関連する市場金利の影響の複合によって,信用供与についての重要な便益が提供されることを示す強い指標になる場合があります。
なお,長期の工事契約に対する重要な金融要素の有無の判断が困難な場合がありますが,本指針は,我が国の工事契約は個別性が高く,重要な金融要素の有無の判断に資する要件を一意的に定めることが困難であることなどを踏まえ,代替的な取扱いを定めません(指針184)。
重要な金融要素の識別の除外事由
次のa~cのいずれかに該当する場合には,顧客との契約は重要な金融要素を含まないものとします(指針28,IFRS/BC 233)。
a 顧客が財又はサービスに対して前払いを行い,顧客の裁量により当該財又はサービスの移転の時期が決まること(指針28(1))
プリペイドカード,ポイント等の一部の契約では,顧客が当該財又はサービスに対して前払いを行い,顧客の裁量により当該財又はサービスの顧客への移転の時期が決まります。そのような支払条件は,信用供与についての重要な便益を企業に提供する目的ではないと考えられます。
b 対価が売上高に基づくロイヤルティである場合等,顧客が約束した対価のうち相当の金額に変動性があり,当該対価の金額又は時期が,顧客又は企業の支配が実質的に及ばない将来の事象が発生すること又は発生しないことに基づき変動すること(指針28(2))
ロイヤルティ契約等の一部の契約では,財又はサービスに関して重要な不確実性があるため,当事者が対価の額と支払時期を固定したくない場合があります。そのような支払条件の主な目的は,財又はサービスに対する対価の不確実性を解消し,当事者がその価値の保証を相手方に与えることにあり,信用供与についての重要な便益を顧客又は企業に提供することではないと考えられます。
c 約束した対価の額と財又はサービスの現金販売価格との差額が,顧客又は企業に対する信用供与以外の理由(例えば,顧客又は企業が契約上の義務の一部又は全部を適切に完了できないことに対する保全を支払条件により契約の相手方に提供する場合)で生じており,当該差額がその理由に基づく金額となっていること(指針28(3))
法域又は業界における典型的な支払条件に従った前払い又は後払いの主な目的が信用供与以外の場合があります。例えば,我が国の民法では,請負契約の報酬は,特約がない限り後払いとされ,建設業界の標準的な建設工事請負契約約款でも完成・引渡し時に対価の一部又は全部を支払うものとされており,顧客が企業の履行の完了まで対価の一部又は全部の支払を留保する場合が少なくありません。逆に,供給が限定された財又はサービスの将来の優先的な提供を確保するために顧客が対価の一部を前払いする場合もあります。そのような支払条件の主な目的は,当事者が財又はサービスの価値を相手方に保証し,あるいは契約に基づく義務を適切に完了しないことに対する保全を相手方に与えることにあり,信用供与についての重要な便益を顧客又は企業に提供することではないと考えられます(指針127)。
実務上の便法
企業は,契約における取引開始日において,約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が支払を行う時点の間が1年以内であると見込まれる場合には,重要な金融要素について金利相当分の影響を調整しないことができます(第58項)。
本基準は,その適用を簡素化するため,信用供与の期間が1年以内であることに限定し,実務上の便法を容認します(IFRS/BC 236)。ただし,この実務上の便法は,類似した状況における類似した契約に一貫して適用する必要があります(IFRS/BC 235)。
金利相当分の影響の調整
企業は,顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合,取引価格の算定にあたっては,契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整します(第57項)。
l 割引率
企業は,金利相当分の影響を調整するにあたって,契約における取引開始日において企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用されると見積られる割引率を使用します(指針29)。割引率の見積りにあたって,顧客又は企業が提供する担保又は保証(顧客との契約により移転される資産を含みます。)も考慮します(IFRS/第64項)。
企業と顧客との間で財又はサービスの提供を伴わない独立した金融取引を行う場合に使用される利率が,その契約において信用供与を受ける当事者の特性(当事者の信用度その他のリスク)を反映するからです(IFRS/BC 239)。
本基準は,金利相当分の影響の調整に用いる割引率として,次のa又はbを採用しません。
a 契約で明示された利率
契約に利率が明示されていたとしても,その利率を割引率として使用できるとは限りません。企業が,顧客との契約にあたって,販売インセンティブとして安価な金融を提供する場合もあるからです(IFRS/BC 239)。
b リスクフリー金利
観察できるリスクフリー金利を使用すれば,各契約に固有の利率を算定するコストがかかりません。しかし,本基準は,リスクフリー金利が契約の当事者の特性を反映せず,有用な情報をもたらさないため,割引率として使用しないこととします(IFRS/BC 239)。
もっとも,多くの企業は,顧客との間で独立した金融取引を行っておらず,大量の顧客を有する企業が個々の顧客に個別に割引率を決定することは実務上不可能と考えられます(IFRS/BC 240)。しかし,企業は,重要な金融要素の識別の除外事由が存在するとき(指針28)や約束した財又はサービスの移転の時点と顧客が支払を行う時点の間が1年以内であると見込まれるとき(第58項)は,金利相当分の影響を調整する必要がありません。重要な金融要素について金利相当分の影響を調整する必要がある残りの契約については,当事者は,通常,物価上昇率や顧客の信用リスクなどの要因を考慮して独立して支払条件の交渉を行っており,企業が当事者間の独立した金融取引に使用する割引率を決定するための情報を入手できると考えられます(IFRS/BC 241)。
l 割引率の特定
企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用されると見積られる割引率は,契約において約束された対価(名目額)の現在価値が,財又はサービスを顧客に移転する時の現金販売価格と等しくなるような利率として特定することができます(指針29)。
l 割引率の見直しの禁止
企業は,契約における取引開始日後は,たとえ金利の変動や顧客の信用リスクの評価の変動等があっても,割引率を見直しません(指針29,IFRS/BC 242,243)。
【凡例】 第〇項 企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
指針〇 同適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」
IFRS第〇項 IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
IFRS/BC IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠)