契約に基づく収益認識の原則
2021年7月21日
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕
※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。
「収益認識に関する会計基準」(日本基準)の概要
我が国の企業会計基準委員会(ASBJ)は,平成30年3月30日,企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下「本基準」といいます。)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下「本指針」といいます。)を公表し,令和2年3月31日,これらを改正しました。
l 適用企業
本基準は,会社法431条に定める「株式会社の会計は,一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に含まれるので,日本国内の株式会社は,上場企業・非上場企業を問わず,また,個別・連結を問わず,会社法が作成を義務づける計算書類・連結計算書類に本基準を適用することになります。ただし,中小企業(上場企業の子会社・関連会社,会計監査人設置会社及びその子会社を除きます。)については,従来どおり企業会計原則に従った処理も認められます(中小企業の会計に関する指針)。
また,本基準は,連結財務諸表等の用語,様式及び作成方法に関する規則1条1項並びに財務諸表等の用語,様式及び作成方法に関する規則1条1項に定める「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に該当するので,上場企業は,連結・個別を問わず,金融商品取引法が作成を義務づける連結財務諸表・個別財務諸表に本基準を適用することになります。
l 適用時期
本基準は,令和3年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用されています(第81項)。
開発にあたっての基本的な方針
ASBJは,国際財務報告基準(IFRS)第15号「顧客との契約から生じる収益」(以下「IFRS第15号」といいます。)のコンバージェンス(日本基準化)として「収益認識に関する会計基準」を開発しました。
ASBJは,本基準の開発にあたっての基本的な方針として,「IFRS第15号と整合性を図る便益の1つである国内外の企業間における財務諸表の比較可能性の観点から,IFRS第15号の基本的な原則を取り入れることを出発点とし,会計基準を定めることとした。また,これまで我が国で行われてきた実務等に配慮すべき項目がある場合には,比較可能性を損なわせない範囲で代替的な取扱いを追加することとした」と述べています(第97項)。
IFRS第15号は,従来の稼得過程アプローチ(実現主義の原則)を規律するため,基本的な原則として,契約に基づく収益認識の原則を採用しています。
稼得過程アプローチとは,企業の経済活動・取引の過程を考察することにより,企業が顧客から対価を受領し又は受領可能となって,かつ,企業が約束した財又はサービスを顧客に引き渡すことによって稼得過程が実質的に完了したときに収益を認識する考え方をいいます。我が国でも,この考え方に従い,企業会計原則第三・三Bに「売上高は,実現主義の原則に従い,商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」という原理を定めています。国際的にも,我が国でも,従来までは,稼得過程アプローチ(実現主義の原則)を採用するだけで,収益認識に関する体系的な会計基準が存在しませんでした。
そのため,“稼得過程が実質的に完了したとき”や“実現”(「商品等の販売」や「役務の給付」)の意義に汎用性がなく,さまざまな業界・業種の営業取引によって具体的に何を意味するのかがあいまいであり,類似の取引でも企業によって異なる会計処理をしている可能性があり,企業間の比較可能性に支障があると指摘されていました。
また,長期の未完成請負工事等については,完成・引渡し前でも事業年度末における工事の進捗度に応じて収益を認識するので(工事進行基準),“稼得過程が実質的に完了したとき”や“実現”の前に収益を認識しており,稼得過程アプローチや実現主義と一貫性がなく,統一的に説明できないという問題点も指摘されていました。
契約に基づく収益認識の原則
契約に基づく収益認識の原則とは,企業が顧客との契約から生じる資産又は負債の会計処理に基づき財又はサービスを顧客に移転した時にのみ収益を認識するという原則をいいます(IFRS/BC 17,20)。
稼得過程アプローチが考察する“稼得過程”の中でも,企業が顧客との間で契約を締結した事実と,顧客に財又はサービスを提供して契約上の義務を履行した事実は,法律の観点からだけでなく,会計の観点からも重要な事象であるといえます。会計の観点からも,“契約”に焦点を当てることにより,収益とともに認識する資産である“対価を受け取る権利”に法的な強制力があること,言い換えれば,顧客が任意に履行しない場合には訴訟制度によってその権利(法律上の債権)を強制的に実現し,収益を確実に稼得できる状況に至ったことが収益認識の正当性の根拠となります。また,どのような業界・業種でも,顧客との契約に基づき,財又はサービスを提供する契約上の義務を履行し,対価を受け取る契約上の権利を実現して収益を稼得することは共通するので,“契約”に焦点を当てることに汎用性があり,契約の判断枠組みによって客観的に収益を認識できるようになります。
契約に基づく収益認識の原則は,以下の原理を包含しています。
Ø 収益は,契約が成立(存在)するまで認識できない(IFRS/BC 19)。
Ø 収益は,契約から生じる企業の契約に関する権利(資産)と契約に関する義務(負債)の会計処理に基づいて認識する(資産負債アプローチ,IFRS/BC 17)。
Ø 収益は,契約に基づき財又はサービスを提供する義務を適切な単位に区分した履行義務を充足した時に認識する(履行義務アプローチ,IFRS/BC 20)。
Ø 財又はサービスを提供する義務(負債)の測定を,取引価格を契約における各履行義務に配分して行う(配分後取引価格アプローチ,IFRS/BC 25)。
Ø 企業は,約束した財又はサービスに対する支配を顧客に移転した時に,財又はサービスを提供する義務を充足する(支配アプローチ,IFRS/BC 20)。
資産負債アプローチ
資産負債アプローチは,契約に焦点を当て,企業・顧客間の契約成立時(契約における取引開始日)において資産負債の純額(ネット)が零である状態から契約終了までの資産負債の増減額により当該契約から生じる収益を計算します。
収益は,資産の増加,負債の減少又は両者の組み合わせから生じます。対価を受け取る権利(契約上の権利)と財又はサービスを提供する義務(契約上の義務)は,資産と負債であり,これら資産と負債との間の関係に応じて,(純額の)資産又は(純額の)負債が生じます。対価を受け取る権利の測定値と財又はサービスを提供する義務の測定値が等しければ,契約は資産でも負債でもありませんが,権利の測定値が義務の測定値を上回れば,契約は資産となります(IFRS/BC 18)。
企業が顧客との間で契約を締結した時は,対価を受け取る権利の測定値と財又はサービスを提供する義務の測定値は等しく,資産負債の純額(ネット)は零ですが,その後,企業が財又はサービスを提供する義務を履行した時は,その義務が消滅する(義務の測定値が零に減少する)ため,対価を受け取る権利の測定値だけ契約における資産のポジションが増加し,その増加が収益認識につながります(IFRS/BC 20)。
【仕訳例:収益の生じる仕組み】
① 契約における取引開始日
企業・顧客間に成立した契約から,対価を受け取る権利(資産)と財又はサービスを提供する義務(負債)を両建てで識別しますが,これらを同額で測定すると(配分後取引価格アプローチ),相殺により純額(ネット)で零となり,契約は資産でも負債でもありません。
(借)対価を受け取る権利 ×× (貸)財又はサービスを提供する義務 ××
② 財又はサービスを提供する義務を充足した時
企業が顧客に財又はサービスを提供する義務を履行すると,その義務(負債)が消滅するので,借方に財又はサービスを提供する義務を計上して消滅させ,貸方に負債の減少を示す“収益”を計上します。
(借)財又はサービスを提供する義務 ×× (貸)収 益 ( 売 上 高 ) ××
③ ①と②の仕訳の集約:財又はサービスを提供する義務を充足した時
(借)対価を受け取る権利 ×× (貸)収 益 ( 売 上 高 ) ××
このように,①で資産負債が純額(ネット)で零の状態から,②で負債が減少したことにより相対的に資産のポジションが増加して対価を受け取る権利を認識しますが,この動態的な負債の減少が収益の認識につながります。最終的な③の仕訳を直接行うときは,企業に資産(現金や売掛金)が流入するから収益を認識するという考え方になじみやすいといえますが,資産負債アプローチは,収益の認識にとって,②の仕訳を行うこと,つまり,契約上の義務を充足することを重視します。
以上のように,IFRS第15号は,契約に関する権利(資産)と契約に関する義務(負債)を認識・測定し,契約の存続期間にわたって資産又は負債の変動に焦点を当てるアプローチ(資産負債アプローチ)を採用します。
履行義務アプローチ
契約に基づく収益認識の原則では,会計(収益)の単位が契約の単位になるわけではなく,1つの契約から複数の負債(義務)を識別する場合もあります。資産負債アプローチでは,企業による義務の履行と“交換”に得る対価の額で収益を認識するため,この義務を,企業の履行を忠実に描写するために意味のある会計単位として適切に区分する必要があります(IFRS/BC 85)。
顧客との契約において顧客が約束する反対給付である“対価”は,経済的な実態において,必ずしも企業が約束する給付である(主たる)1つの財又はサービスとの間で完全に“交換”(同価値性)の関係が成立していない場合もあります。
例えば,ある企業が顧客に代金100で製品を販売するという契約Aと,他の企業が同様に顧客に代金100で全く同一の製品を販売するが,一定の期間内に生じた故障や不具合を無償で修理することも約束するという契約Bを比べてみると,顧客は,常に契約Bを選好します。なぜなら,全く同一の製品でありながら契約Bの方が契約Aよりも製品の代金が安いからです。もし,ある企業が契約Aとは独立に製品保証サービスを追加の代金で販売していれば,この関係を容易に理解することができます。
財務諸表間の比較可能性を確保しながら,このような経済的な実態を有する契約Aと契約Bにおける企業の履行を忠実に描写するためには,契約Bについて,主たる財である製品のほかにも,顧客が“交換”の一部として交渉した製品保証サービスも識別する必要があります。そこで,契約Bについては,企業が負う財又はサービスを提供する義務を複数に区分し,①製品引渡し義務と②保証義務の2つの負債を設定し,対価100を①と②に配分することが適切であるといえます。その結果,①に配分される対価は100より下回ることとなります。そして,①に配分される対価が仮に95であるとすれば,企業が製品引渡し義務を充足したときに収益95を認識し,残る対価5はそれが配分された②の保証期間が満了するまで収益の認識を完了しません。
契 約 A 契 約 B
製品引渡し義務 100 製品引渡し義務 95
保証義務 5
このように,顧客との契約から生じる財又はサービスを提供する義務を単一又は複数に適切に識別した負債の単位を履行義務といい,1つの契約の中に財又はサービスを提供する義務が複数ある契約を複数要素契約といいます。
配分後取引価格アプローチ
l 取引価格
契約に基づく収益認識の原則では,常に顧客が契約において約束した固定の現金額を収益として認識するわけではなく,固定の現金額以外の金額を測定し,収益として認識する場合もあります。顧客が約束した対価に変動する可能性がある場合(例えば,値引き,リベート,インセンティブ等の変動対価)や重要な金融要素を含む場合,現金以外の対価の場合には,会計上,事業年度の業績を正しく示すために,顧客から受け取るべき対価が固定の現金額として確定していなくとも,企業が履行義務を充足した時点で,見積りによりその額を算定し,収益の認識に反映させることが適切です。
このように,対価を受け取る権利について,契約価格(契約上の対価)を基礎として,企業が契約上の義務の履行と交換に対価の権利を得ると見込む額を算定したものを取引価格といいます。取引価格は「権利を得ると見込む」額であり,いったん得た権利(債権)が回収不能になると見込む額を含みますが(すなわち顧客の信用リスクを反映しません。),それ以外の契約条件や取引慣行等を考慮して見積ります。
l 配分後取引価格アプローチ
契約に基づく収益認識の原則では,契約における取引開始日から企業が財又はサービスを提供する義務を充足するまで収益を認識してはならないため,その間,対価を受け取る権利(資産)の測定値が,単一又は複数の履行義務の測定値(の合計)を上回ってはなりません。
したがって,対価を受け取る権利(資産)を取引価格で測定する以上,履行義務(負債)についても,単一であれば取引価格と同額で測定し,複数であれば取引価格をそれぞれの履行義務に配分する考え方が適しています。
これに対し,財又はサービスを提供する義務を,企業が独立した第三者に移転すると仮定した場合にその第三者から支払を求められる対価(債務引受けの代金)の金額で測定する考え方(現在出口価格アプローチ)もあります。しかし,一般に,企業は顧客との契約の対価に契約を獲得するためのコストも含めて回収するため,この考え方では,契約における取引開始日に,対価を受け取る権利(資産)の測定値が財又はサービスを提供する義務(負債)の測定値を上回ることが多く,企業が約束した財又はサービスを顧客に移転する前に収益を認識してしまいます(IFRS/BC 25(a))。そのため,IFRS第15号は,この考え方を採用しません。
このように,IFRS第15号は,財又はサービスを提供する義務(負債)の測定を,取引価格を契約における各履行義務に配分して行うアプローチ(配分後取引価格アプローチ)を採用します(IFRS/BC 25)。
支配アプローチ
契約に基づく収益認識の原則では,企業が履行義務を充足したかどうか,また,いつ充足したかが重要となります。法律上,債務の消滅は,債務の本旨に従った履行を完了することをいい,その時点(例えば,建築請負契約では建物の完成・引渡し)だけに着眼しますが,会計上は,事業年度の業績を正しく示すために,履行義務の充足に向けてその事業年度内でどの程度進捗したか(例えば,建物の完成に向けての進捗度)を収益の認識に反映させることが適切な場合もあります。そこで,IFRS第15号は,法律上の債務の消滅の概念に囚われず,会計における資産の概念と従来の稼得過程アプローチにおける実務に整合するように,“履行義務を充足する”とは“財又はサービス(資産)を顧客に移転する”ことであるとし,“財又はサービス(資産)を顧客に移転する”とは,財又はサービス(資産)に対する“支配”を顧客に移転することであるとします(IFRS/BC 117)。
これにより,IFRS第15号は,企業が財又はサービスの“支配”を顧客に移転したときに履行義務を充足し,収益を認識する考え方(支配アプローチ)を採用します。
“支配”は,会計上の概念であり,資産(財又はサービス)の使用を指図し,当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力(他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を享受することを妨げる能力を含む。)をいいます(第37項)。“支配”は,財にもサービスにも適用することができる概念です。財については法的所有権が“支配”の重要なメルクマールとなります。また,サービスは,たとえ瞬時であるとしても,その便益を受け取って使用(消費)する時点では,資産として支配していると考えます(第133項)。
この支配アプローチは,①従来の工事進行基準を“一定の期間にわたり充足される履行義務”に分類することにより,一貫性のある収益認識モデルとすること,②複数要素契約において従来のリスク・経済価値アプローチの難点を克服することに役立っています。
l 工事進行基準と一定の期間にわたり充足される履行義務
IFRS第15号は,履行義務の属性について,資産に対する支配を①一定の期間にわたって顧客に移転するもの(一定の期間にわたり充足される履行義務)と,②一時点で顧客に移転するもの(一時点で充足される履行義務)の2種類に分類します。
従来,工事進行基準が適用された一部の工事契約について,顧客は,企業による建設途上の仕掛品を支配しながら,企業がその仕掛品に付加し(増価させ)ていく個々の財(例えば,建設資材)又はサービス(例えば,作業)の支配も獲得していくから,建設プロジェクト全体として,一定の期間にわたり継続的にその支配が顧客に移転しているとみます。
このように,IFRS第15号は,支配アプローチを採用し,資産に対する支配を一定の期間にわたり顧客に移転するものを,一時点で顧客に移転するものと並ぶ履行義務の属性として位置づけることにより,完成・引渡し前でも工事の進捗度に応じて収益を認識することに一貫性のある収益認識モデルとしています。
l リスク・経済価値アプローチと支配アプローチ
支配アプローチは,複数要素契約において,財又はサービスを提供する複数の義務に分解して履行義務を設定し,個別に履行義務を充足したかどうかを判定する場合に有用です。
例えば,企業が顧客に製品を販売し,その引渡し後も一定の期間(保証期間)内に生じた故障・不具合を修理する義務を負う場合,従来は,“資産”の所有に伴う重要な経済価値とリスクが顧客に移転したときに収益を認識する考え方(リスク・経済価値アプローチ)から,“資産”を製品そのものであると捉え,故障・不具合のリスクが重要でないとみれば,製品の引渡し時に代金全部の収益を認識し,逆に,故障・不具合のリスクが重要であるとみれば,保証期間の満了により当該リスクを顧客に移転した時点で代金全部の収益を認識することになりました。そのため,故障・不具合のリスクが重要かどうかという判断によって契約対価全部の収益認識のタイミングが異なってしまうという難点がありました。
これに対し,支配アプローチでは,企業は,①製品引渡し義務と②保証義務の2つの履行義務に分解し,①製品(財)は,引渡しの時点で顧客にその支配を移転するが(一時点で充足される履行義務),②保証(サービス)は,一定の期間(保証期間)にわたって修理のために待機するサービスの支配が顧客に移転しているとみます(一定の期間にわたり充足される履行義務)。支配アプローチは,①製品(財)と②保証(サービス)に分解することにより,リスク・経済価値アプローチの難点を克服しています。
基本となる原則
本基準は,契約に基づく収益認識の原則を根本原理とし,資産負債アプローチ,履行義務アプローチ,配分後取引価格アプローチ,支配アプローチを採用することにより理論的な枠組みを構築しています。このような理論的な枠組みにより,顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質,金額,時期及び不確実性に関する有用な情報を財務諸表利用者に報告するために,約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように収益を認識することを基本となる原則としています(第16項,第115項)。
【凡例】 第〇項 企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
IFRS/第〇項 IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
IFRS/BC IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠)