基本原則

適用手順(ステップ)

 

2021721

弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。

適用手順(ステップ)

本基準は,顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質,金額,時期及び不確実性に関する有用な情報を財務諸表利用者に報告するために,約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように収益を認識することを基本となる原則としています(第16,115項)。

本基準は,基本となる原則を具体的に適用するため,“履行義務”という負債(会計単位)を用います。“履行義務”は,企業の履行をそれと交換に得る対価の額で忠実に描写するために,企業が負う財又はサービスを提供する義務を一つ又は複数に区分して識別したものです。この“履行義務”に当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価(取引価格)を配分することにより,財又はサービスが顧客に移転した時に(又は移転するにつれて)その“履行義務”に配分されている対価を収益として認識します。

企業は,以下の適用手順(ステップ)により,収益を認識します(第17項)。

【ステップ1】顧客との契約を識別する

【ステップ2】契約における履行義務を識別する

【ステップ3】取引価格を算定する

【ステップ4】契約における履行義務に取引価格を配分する

【ステップ5】履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する

ステップ1】顧客との契約を識別する

本基準は,IFRS15号と同様に,企業が顧客との契約から生じる資産又は負債の会計処理に基づき財又はサービスを顧客に移転した時にのみ収益を認識するという原則(契約に基づく収益認識の原則)を採用しています(IFRS/BC 17,20)。この原則では,顧客との契約により生じる収益は契約が成立(存在)するまで認識できないため(IFRS/BC 19),契約の識別が収益認識の出発点となります。

企業は,最初のステップで,顧客との契約を識別します。このステップは,次のとおり細分されます。

1 契約の成立

まず,企業は,顧客との間で契約が成立したかどうかを判定します。

契約が成立したかどうか(契約における権利・義務に強制力があるかどうか)の判定は,現実に我が国で運用されている訴訟制度を前提とする法律上の判断になります。

本基準第19項が掲げる本基準の適用対象となる契約の5つの要件のうち(1)「当事者が,書面,口頭,取引慣行等により契約を承認し,それぞれの義務の履行を約束していること」という要件だけは法律上の判断であり,これを独立したサブ・ステップとして解説します。

2 契約の識別

次に,企業は,顧客との間で成立した契約が本基準の適用対象となる要件を満たすかどうかを判定します。

本基準は,IFRS15号と同様に,収益認識モデルの適用対象となる5つの要件を定めています(第19項,IFRS/BC 33)。これらのうち上記1のサブ・ステップで判定した(1)の要件を除く(2)(5)の要件は,収益認識という会計の目的からの要求事項であり,本基準を適用する契約の範囲を限定しています。

3 契約の結合

企業は,同一の顧客(又は顧客の関連当事者)と同時に又はほぼ同時に締結した複数の契約に一定の関係がある場合には,契約を結合して単一の契約とみなして処理します(第27項)。

4 契約の変更

企業は,契約の当事者が契約の範囲又は価格(あるいはその両方)を変更する場合には,本基準に従い,契約変更の要件・類型を判定し,企業が識別していた既存の契約の変更を処理します(第28項~第31項)。

ステップ2】契約における履行義務を識別する

企業は,顧客との契約を識別した後の次のステップで,契約における取引開始日に,ステップ1で識別した契約に含まれる履行義務を識別します。

企業による義務の履行と“交換”に得る対価の額で描写するように収益を認識するためには(第16項),対価との“交換”となる企業の履行を忠実に描写する意味のある会計単位として適切に履行義務を識別する必要があります(IFRS/BC 85)。ステップ2は,本基準の適用上,難しい判定を含む最も重要なステップであるといえます。

このステップは,次のとおり細分されます。

1 契約における約束の識別

まず,企業は,契約において約束した財又はサービスのすべてを識別するため,契約における約束を漏れなく識別します。契約における約束は,顧客との契約に含まれる財又はサービスを顧客に移転する約束をいいます。企業は,顧客が企業との間で対価との“交換”の全部又は一部として交渉し,契約の結果として企業が財又はサービスを移転すると合理的に期待する約束を漏れなく識別する必要があります(IFRS/BC 87)。

財又はサービスを顧客に移転する約束が契約に含まれる他の約束と区分して識別できるかどうか(第34(2))を判定するためには,契約における約束を識別することが前提となるため,これを独立したサブ・ステップとして解説します。

2 別個の財又はサービス(の束)の識別

次に,企業は,識別した契約における約束を,別個の財又はサービス(の束)に区分し,又は束ねて識別します(第34項)。

企業は,顧客への移転を忠実に描写する収益認識のパターンとなるように約束した財又はサービスを実務的に区分するため,次のa及びbの要件をいずれも満たす場合に“別個の財又はサービス”として識別し(第34項),履行義務の基礎とします(IFRS/BC 94,95)。

a 個々の財又はサービスの特性(第34(1)

当該財又はサービスから単独で顧客が便益を享受することができること,あるいは,当該財又はサービスと顧客が容易に利用できる他の資源を組み合わせて顧客が便益を享受することができること(すなわち,当該財又はサービスが別個のものとなる可能性があること)

b 契約における約束の区分(第34(2)

当該財又はサービスを顧客に移転する約束が,契約に含まれる他の約束と区分して識別できること(すなわち,当該財又はサービスを顧客に移転する約束が契約の観点において別個のものとなること)

3 履行義務の識別

このステップの最後に,企業は,識別した別個の財又はサービス(の束)を基礎に,会計処理をする負債の単位として履行義務を識別します(第32項)。

本基準は,“別個の財又はサービス”という概念では,反復的なサービス契約などで費用対効果が低い多数の会計単位を識別してしまうという運用上の問題を解決するため,特性が実質的に同じであり,顧客への移転のパターンが同じである一連の別個の財又はサービスについては,単一の履行義務を識別することとしています(第32(2))。

その結果,履行義務とは,顧客との契約において,次の(1)又は(2)のいずれかを顧客に移転する約束をいうと定義づけられます(第7項)。

(1) 別個の財又はサービス(あるいは別個の財又はサービスの束)

(2) 一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり,顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)

ステップ3】取引価格を算定する

企業は,契約における履行義務を識別した後の次のステップで,ステップ1で識別した契約について取引価格を算定します。

取引価格とは,財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額(ただし,第三者のために回収する額を除く。)をいいます(第8項)。

取引価格は,契約条件や取引慣行等を考慮して算定します(第47項)。顧客が固定額の現金対価を支払うことを約束する場合には単純にその額を取引価格とすることもありますが,本基準は,特に対価の性質,時期及び金額が取引価格の見積りに影響を与える4つの類型について取引価格の算定方法を定めています(第48項)。

企業は,契約における取引開始日に,これらの類型ごとに,次のとおり取引価格を算定します。

1 変動対価

企業は,顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分(変動対価)について(第50項),次のa又はbのいずれかのうち,企業が権利を得ることとなる対価の額をより適切に予測できる方法を用いて変動対価を見積ります(第51項)。

a 最頻値…発生し得ると考えられる対価の額における最も可能性の高い単一の金額

b 期待値…発生し得ると考えられる対価の額を確率で加重平均した金額

本基準は,財務諸表利用者に有用な情報を提供するため,不確実性の高い変動対価については,見積られた変動対価の額を取引価格に含めることを制限します(IFRS/BC 203)。

そこで,企業は,変動対価の額のうち,その不確実性が事後的に解消される際に,解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り,取引価格に含めます(第54項)。

2 契約における重要な金融要素

企業は,契約の当事者が明示的に又は黙示的に合意した支払時期により,財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供される場合には(第56項),約束した対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整し,現金販売価格を反映する金額で取引価格を算定します(第57項)。

3 現金以外の対価

企業は,契約における対価が現金以外の場合には,当該対価の時価により取引対価を算定します(第59項)。

4 顧客に支払われる対価

企業は,企業が顧客(あるいは顧客から企業の財又はサービスを購入する他の当事者)に対して対価(現金,クレジット,クーポン,バウチャー等)を支払う又は支払うと見込まれる場合には,顧客から受領する別個の財又はサービスと交換に支払われるものである場合を除き,当該対価を取引価格から減額します(第63項)。

ステップ4】契約における履行義務に取引価格を配分する

企業は,取引価格を算定した後の次のステップで,それぞれの履行義務に対して,ステップ3で算定した取引価格を配分します。

企業は,財又はサービスの顧客への移転と交換に権利を得ると見込む対価の額を描写するように,それぞれの履行義務に対して取引価格を配分します(第65項)。

このステップの適用は,次のとおり,契約における取引開始日に取引価格を配分する場合と,契約における取引開始日後に取引価格が変動したときに取引価格を配分する場合の2つがあります。

1 取引価格の配分

企業は,財又はサービスの独立販売価格の比率に基づき,契約において識別したそれぞれの履行義務に取引価格を配分します(第66項)。

独立販売価格とは,財又はサービスを独立して企業が顧客に販売する場合の価格をいいます(第9項)。企業は,財又はサービスの独立販売価格を直接観察できない場合には,これを見積る必要があります(第69項)。

2 取引価格の変動

企業は,契約における取引開始日後に取引価格が変動したときは,契約における取引開始日後の独立販売価格の変動を考慮せず,契約における取引開始日と同じ基礎により変動した取引価格を履行義務に配分します。取引価格の事後的な変動のうち,既に充足した履行義務に配分された額については,取引価格が変動した期の収益の額を修正します(第74項)。

ステップ5】履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する

企業は,最後のステップで,約束した財又はサービスを顧客に移転することによって履行義務を充足した時に又は充足するにつれて,収益を認識します(第35項)。

本基準は,企業が財又はサービスの“支配”を顧客に移転したときに履行義務を充足し,収益を認識する考え方支配アプローチ)を採用し,企業が“履行義務を充足する”ことを,顧客との契約の対象となる財又はサービス(資産)が企業から顧客へ移転するという“資産の移転”として捉えており,企業から顧客への資産の移転は,顧客が資産に対する“支配”を獲得した時に又は獲得するにつれて生じるものとしています(第35項)。

支配とは,資産(財又はサービス)の使用を指図し,当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力(他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を享受することを妨げる能力を含みます。)をいいます(第37項)。

資産の支配が顧客にどのように(一時点か又は一定の期間にわたるか),いつ(の時点か)移転するかの判定によって,企業が収益を認識する時期及び金額に影響を及ぼすため,ステップ5は,本基準の適用上,重要なステップであるといえます(IFRS/BC 117

このステップは,次のとおり細分されます。

1 履行義務の属性の判定

企業は,まず,契約における取引開始日に,ステップ2で識別した履行義務のそれぞれが一定の期間にわたり充足される履行義務か又は一時点で充足される履行義務かを判定します(第36項)。

サービスや建設型の契約では,資産の支配が顧客にどのように,いつ移転するかを容易には判定できない場合があります(IFRS/BC 122)。そこで,本基準は,企業がそれぞれの履行義務について直接“支配”の要件(第37項)を適用して判定する代わりに,顧客に支配を移転するパターン(属性)によって,履行義務を一定の期間にわたり充足するものと一時点で充足するものとの2つに分類する判断枠組みを提供し,支配アプローチを補完します。

本基準は,以下のa~cのとおり,一定の期間にわたり充足される履行義務の3類型の要件を定めています。企業は,ステップ2で識別した履行義務のそれぞれがa~cのいずれかに該当すれば,一定の期間にわたり充足される履行義務と判定し(第38項),いずれにも該当しなければ,一時点で充足される履行義務と判定します(第39項)。

a 企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて,顧客が便益を享受すること(第38(1)

企業が履行につれて便益を創出すると同時に顧客がこれを受け取って消費する場合には,一定の期間にわたる個々の無数の時点において,顧客が瞬間的に創出された資産(サービス)の支配を獲得しています。

b 企業が顧客との契約における義務を履行することにより,資産が生じる又は資産の価値が増加し,当該資産が生じる又は当該資産の価値が増加するにつれて,顧客が当該資産を支配すること(第38(2)

企業の履行につれて創出又は増価される資産(仕掛品)が消費されずに残存する場合には,顧客が当該資産を支配していれば,顧客は,企業が当該資産に付加(増価)させていく個々の資産(財又はサービス)に対する支配も獲得していきます。

c 企業が顧客との契約における義務を履行することにより,別の用途に転用することができない資産が生じ,かつ,企業が顧客との契約における義務の履行を完了した部分について,対価を収受する強制力のある権利を有していること(第38(3)

企業が顧客との契約における義務を履行することにより生じる資産を別の用途に転用できない場合には,顧客が当該資産の使用を指図する能力を有している状況と同視できます。それに加え,顧客が現在までに企業が義務の履行を完了した部分の対価を支払う義務を負う場合には,顧客が企業の履行から便益を享受していることを示唆し,顧客が当該資産から残りの便益を獲得する能力を有している状況と同視できます。そこで,本基準は,上記a又はbの類型に該当しない場合でも,これら及びの要件の双方を満たす場合には,企業が財又はサービスに対する支配を一定の期間にわたり顧客に移転しているとみなすことができることから,一定の期間にわたり充足される履行義務と判定することとしています(第137項,第138項)。

2 一定の期間にわたり充足される履行義務

企業は,一定の期間にわたり充足されると判定した履行義務については,履行義務の充足に係る進捗度を見積り,当該進捗度に基づき一定の期間にわたり収益を認識します(第41項)。

企業は,履行義務の充足に係る進捗度の見積方法を選択するにあたって,約束した財又はサービスに対する支配を顧客に移転する企業の履行(履行義務の充足)を描写する目的に整合する適切な方法を選択する必要があります(IFRS/BC 159)。

3 一時点で充足される履行義務

企業は,一時点で充足されると判定した履行義務については,“支配”の要件(第37項)を直接適用するほか,以下のa~eの支配の移転の指標を考慮して,資産に対する支配を顧客に移転した時点を決定し,その時点で収益を認識します(第39項)。

a 企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること(第40(1)

b 顧客が資産に対する法的所有権を有していること(第40(2)

c 企業が資産の物理的占有を移転したこと(第40(3)

d 顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い,経済価値を享受していること(第40(4)

e 顧客が資産を検収したこと(第40(5)

グループ適用(実務上の便法)

本基準は,顧客との個々の契約を対象として適用します。

もっとも,例えば,電気通信業界などに属する企業では,特性の類似した契約又は履行義務から構成されるグループ全体を収益認識の単位又は収益の額の算定単位として用いることが実務的である場合もあります(第116項)。

そこで,本基準を複数の特性の類似した契約又は履行義務から構成されるグループ全体を対象として適用することによる財務諸表上の影響が,当該グループの中の個々の契約又は履行義務を対象として適用することによる影響と比較して重要性のある差異を生じさせないことが合理的に見込まれる場合に限り,当該グループ全体を対象として本基準を適用することができることとしています(第18項)。

本基準を複数の特性の類似した契約又は履行義務から構成されるグループ全体を対象として適用する場合には,当該グループの規模及び構成要素を反映する見積り及び仮定を用います(第18項)。例えば,本基準では,原則として個々の契約について財及びサービスのそれぞれの独立販売価格の比率に基づいて取引価格を配分しますが,類似した複数の契約を1つのグループとし,当該グループに含まれる財及びサービスの独立販売価格の合計と取引価格の合計との比率を用いて,当該グループに含まれる各契約の財及びサービスの独立販売価格から当該財及びサービスに配分される取引価格を算定する方法も認められます(第116項)。

 

【凡例】 第〇項   企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」

        IFRS/BC      IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠)

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