別個の財又はサービスの識別
2021年9月21日
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕
※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。
Step2-② 別個の財又はサービスの識別
Step2「契約における履行義務を識別する」では,契約における約束を漏れなく識別した後(Step2-①契約における約束の識別),別個の財又はサービス(の束)に区分し,又は束ねて識別します。“別個の財又はサービス”は,それ自体で顧客に便益を提供し,それを提供することを約束として識別できるという特性を備える会計単位です(第34項)。
企業は,次のa及びbの要件をいずれも満たす場合に“別個の財又はサービス”として会計単位を設定します。
a 当該財又はサービスから単独で,あるいは顧客が容易に利用できる他の資源を組み合わせて顧客が便益を享受することができること(第34項(1))
約束した財又はサービスは,最低限,顧客に便益を提供し得る資産の単位,すなわち別個のものとなり得るという特性を備えていなければならず,顧客に便益を提供せず,資産とはいえないような細分化した会計単位を設定してはなりません。
b 当該財又はサービスを顧客に移転する約束が,契約に含まれる他の約束と区分して識別できること(第34項(2))
個々の財又はサービスが別個のものとなる可能性があるとしても,それを顧客に提供する約束が契約に含まれる他の約束と区分して識別できるという特性を備えていなければならず,他の約束と識別できなくなるような細分化した会計単位を設定してはなりません。
別個の財又はサービスの原則
l 別個の財又はサービスの原則
本基準は,企業が約束した財又はサービスを,顧客への移転を忠実に描写する収益認識のパターンとなる方法で実務的に区分するため,履行義務の基礎となる“別個の財又はサービス”という概念を採用します(IFRS/BC 94,95)。
本基準は,次のa及びbの要件をいずれも満たす場合に“別個のもの”と取り扱うことを定めます(第34項)。
a 当該財又はサービスから単独で,あるいは顧客が容易に利用できる他の資源を組み合わせて顧客が便益を享受することができること(第34項(1))
個々の財又はサービスの特性として,顧客に便益を提供し得る資産の単位において別個のものとなる可能性があることを意味します。
b 当該財又はサービスを顧客に移転する約束が,契約に含まれる他の約束と区分して識別できること(第34項(2))
顧客との契約に含まれる約束として,当該財又はサービスを顧客に移転する約束が契約の観点において別個のものに区分できることを意味します。
Ø 契約における約束と別個の財又はサービスとの関係
本基準は,契約において顧客に移転を約束した財又はサービスのすべてを識別するため,財又はサービスそのものではなく,それを移転する約束(契約における約束)を漏れなく識別することとしています(IFRS/BC 87)。
一般に,識別された契約における約束の多くは,(別個のものとなる可能性がある)複数の財又はサービスからなる財又はサービスの束を顧客に移転する約束です(IFRS/BC 116L)。
企業は,識別された契約における約束を,契約書の記載内容にかかわらず,次の両方の観点から区分し,又は束ねることにより,別個の財又はサービスを識別します。
一方では,個々の財又はサービスの特性に応じて区分します(第34項(1))。例えば,一定の数量の商品・製品を引き渡す約束は,契約における約束として1つだけ識別しますが,個々の商品・製品ごとに別個の財又はサービスに区分します。
他方では,契約の観点から区分し,又は束ねます(第34項(2))。例えば,契約における約束として商品・製品を引き渡す約束と契約不適合(瑕疵担保)責任に関する約束の2つを識別しますが,これらを束ねて単一の別個の財又はサービスとして識別します(指針34)。
Ø 別個の財又はサービス(の束)ではない場合
顧客に約束した財又はサービスが第34項(1)又は(2)のいずれかの要件を満たさず,別個のものではない場合には,その要件が満たされることにより企業が別個の財又はサービスの束を識別するまで,当該財又はサービスを他の約束した財又はサービスと結合します(指針7)。企業は,契約に含まれる約束した財又はサービスのすべてを単一の履行義務として識別することもあります(IFRS第30項)。
個々の財又はサービスの特性
l 趣旨
約束した財又はサービスは,最低限,顧客に便益を提供し得る資産の単位,すなわち別個のものとなり得るという特性を備えていなければならず,顧客に便益を提供せず,資産とはいえないような細分化した会計単位を設定してはなりません。この特性を備えないものは,財又はサービス(資産)かどうか疑念が生じ,それを区分して会計処理すれば,財務諸表利用者にとって目的適合性のない情報となるおそれがあるからです(IFRS/BC 97)。
l 要件
次のa又はbのいずれかを満たすこと(第34項(1))
a 当該財又はサービスから単独で顧客が便益を享受することができること
顧客が,①財又はサービスの使用,消費,あるいは廃棄における回収額より高い金額による売却,又は②経済的便益を生じさせるその他の方法による財又はサービスの保有のいずれかを行うことができる場合には,当該財又はサービスから顧客が便益を享受することができます(指針5)。
b 当該財又はサービスと顧客が容易に利用できる他の資源を組み合わせて顧客が便益を享受することができること
顧客が容易に利用できる資源には,企業又は他の企業が独立して販売する財又はサービス,あるいは顧客が企業から既に獲得した資源(企業が契約に基づき既に顧客に提供している財又はサービスを含みます。)又は他の取引・事象から既に獲得した資源が含まれます(第130項)。
例えば,企業が顧客に設備を提供し,当該設備で使用するための消耗品も提供する場合には,顧客は,企業から購入する消耗品を組み合わせて設備から便益を享受することができ,かつ,企業から引き渡された設備を組み合わせて消耗品から便益を享受することができるので,設備と消耗品とは別個のものであると判定します(設例6-4)。
また,顧客が便益を享受することができるかどうかを判定するにあたっては,顧客が当該財又はサービスをどのように使用するかは考慮せず,当該財又はサービス自体の特性を考慮します。そのため,たとえ顧客が他の企業から容易に利用できる資源を獲得することが契約によって制限されていたとしても,そのような契約上の制限を考慮しません(第131項)。
例えば,顧客に移転する機械が,技術上又は社会経済上,企業だけが提供することができる据付けサービスの後でないと顧客に便益を提供し得ない場合には,機械と据付けサービスは別個のものではありませんが(IFRS/BC 97),契約上,据付けサービスを第三者に委託することを禁止しているにすぎない場合は,そのような契約上の制限を無視して評価するので,機械と据付けサービスは別個のものであると判定します。
l 指標
企業が特定の財又はサービスを通常は独立して販売するという事実により,顧客が当該財又はサービスから単独で,あるいは顧客が容易に利用できる他の資源を組み合わせて便益を享受することができることが示される可能性があります(第130項)。特定の財又はサービスから単独で,あるいは他の資源を組み合わせて使用することができなければ,当該財又はサービスを独立して販売する市場ができていないはずだからです(IFRS/BC 99)。
契約における約束の区分
l 概要
個々の財又はサービスが別個のものとなる可能性がある(第34項(1)の要件を満たす)としても,財又はサービスを顧客に移転する約束が契約に含まれる他の約束と区分して識別できるという特性を備えていなければならず,他の約束と識別できなくなるような細分化した会計単位を設定してはなりません(IFRS/BC 102)。この特性を備えないものに区分して会計処理すれば,企業が契約における約束を履行することを忠実に描写しない情報となるおそれがあるからです。
特に建設型又は製造型の契約では,別個のものとなる可能性のある多くの財又はサービス(さまざまな資材,労働力及びプロジェクト管理サービス)のすべてを独立の履行義務として識別し,建設・製造プロセスへの投入(顧客への移転)ごとに個々に収益を認識することは実務的ではなく,企業が約束した建設・製造プロジェクト全体の履行を忠実に描写しません。
l 要件
当該財又はサービスを顧客に移転する約束が,契約に含まれる他の約束と区分して識別できること(第34項(2))
l 目的
この評価の目的は,財又はサービスを顧客に移転する約束の性質が,契約において,当該財又はサービスのそれぞれを個々に移転するものか,あるいは当該財又はサービスをインプットとして使用した結果生じる結合後のアウトプットを移転するものかを判断することにあります(指針6)。
その判断の基礎は,当該財又はサービスを移転する義務の履行に係るリスクが,他の約束の履行に係るリスクと区分できるかどうかにあり,後述する指標a~c(指針6(1)~(3))は,いずれも当該基礎に基づくものです(指針112)。したがって,財又はサービスの相互依存性又は相互関連性が高いかどうかも(指針6(3)),契約履行のプロセスの観点から考慮します。
IFRS第15号も,“分離可能なリスク”という概念を用い,“それらの約束した財又はサービスのうちの1つを顧客に移転する義務を履行するために企業が引き受けるリスクが,その束の中の他の約束した財又はサービスの移転から分離不能なリスクである場合には,別個のものではない”という考え方を基礎にしており(IFRS/BC 103~105),契約履行のプロセスの観点から,契約に含まれるさまざまな財又はサービスの相互間に変化が生じるかどうかを考慮しなければならないことを明確化しています(IFRS/BC 116K)。
そのため,ある財又はサービスが機能において他の財又はサービスに依存していたとしても,それぞれの財又はサービスを移転する約束を互いに独立に履行できる場合には,それらの財又はサービスは別個のものです。例えば,企業が顧客に設備を提供し,当該設備で使用するための消耗品も提供する場合,消耗品は設備を機能させるために必要ではありますが,設備と消耗品を結合後のアウトプットに変換するサービスを提供せず,設備を移転する約束と消耗品を移転する約束を互いに独立して履行することができるので,別個のものであると判定します(設例6-4)。
l 指標
財又はサービスを顧客に移転する複数の約束が区分して識別できないことを示す要因には,例えば,次のa~cがあります(指針6)。
指標a~cは,実務的に特定の契約又は業界に適用できるようにする例示であり,当該要因はこれらに限定されません。また,指標a~cは,相互に排他的なものではなく,そのうち複数が該当する可能性もあります(指針112,IFRS/BC 106)。
a 当該財又はサービスをインプットとして使用し,契約において約束している他の財又はサービスとともに,顧客が契約した結合後のアウトプットである財又はサービスの束に統合する重要なサービスを提供していること(指針6(1))
重要な統合サービスは,顧客に対する企業の約束の相当部分が,個々の財又はサービスを統合後のアウトプットに確実に組み込むことであり,個々の財又はサービスの移転に係るリスクを区分できないことを示します(指針113)。
主に建設業界において,企業が重要な統合サービス(例えば,さまざまな建設作業の管理と調整)を提供する状況では,顧客に対する企業の約束の相当部分が,個々の財又はサービス(例えば,協力業者が行う作業)を結合後のアウトプットに確実に組み込むこと(例えば,建設の設計・仕様に従って行われること)であり,個々の財又はサービスの移転のリスクは分離不可能であり,個々の財又はサービスは,単一のアウトプットを作り出すためのインプットです(IFRS/BC 107)。
また,重要な統合サービスによって生じるアウトプットは,必ずしも単一のアウトプットとなるわけではなく,複数の単位を有する場合があります。例えば,新製品の開発のために複数の試作品を実験結果に応じて設計を見直しつつ製造する契約においては,アウトプットである試作品は複数生じますが,試作品の設計及び製造を統合するサービスは,すべてのアウトプットに関連します(指針113)。
この指標は,ソフトウェア業界にも当てはまる可能性がありますが,例えば,著しい修正を伴わないソフトウェアの単純なインストール・サービス等は重要な統合サービスに該当しません(指針113)。そこで,本基準は,この指標をあまりに幅広く適用することを防ぐため,ソフトウェア型の契約については,指針6(2)の指標を掲げます(IFRS/BC 108)。
b 当該財又はサービスの1つ又は複数が,契約において約束している他の財又はサービスの1つ又は複数を著しく修正する又は顧客仕様のものとするか,あるいは他の財又はサービスによって著しく修正される又は顧客仕様のものにされること(指針6(2))
個々の財又はサービスを著しく修正し,又は顧客仕様のものにするサービスは,個々の財又はサービスの移転に係るリスクを区分できないことを示します。
主にソフトウェア業界において,ある財又はサービス(例えば,システム統合サービス)が契約に含まれる他の財又はサービス(例えば,既存のソフトウェア)を著しく修正する又は顧客仕様のものにする場合には,個々の財又はサービスの移転リスク(例えば,システム統合のリスクと既存のソフトウェアのリスク)が分離不可能であり,個々の財又はサービスは,結合後のアウトプット(例えば,システム統合)を作り出すために一緒に集められているインプットです(IFRS/BC 109,110)。
c 当該財又はサービスの相互依存性又は相互関連性が高く,当該財又はサービスのそれぞれが,契約において約束している他の財又はサービスの1つ又は複数により著しく影響を受けること(指針6(3))
この指標は,指標a(指針6(1))や指標b(指針6(2))に該当するかどうかが不明確な場合に,この要件(第34項(2))を判定するためにあります(指針114,IFRS/BC 111)。例えば,企業が当該財又はサービスのそれぞれを独立して移転することにより約束を履行することができないため,複数の財又はサービスが相互に著しく影響を受ける場合があります(指針114)。
顧客が当該財又はサービスを購入するかどうかを,契約の中の他の約束した財又はサービスに著しく影響を与えずに決定することができないという事実により,当該財又はサービスの相互依存性又は相互関連性が高いことが示される可能性があります。
例えば,企業が顧客のための実験的な新製品を設計し,その試作品を製造することを約束する場合には,試作品の製造中や製造後に設計を見直すプロセスが繰り返されるので,顧客は,設計サービス又は製造サービスのいずれかだけを購入するかどうかを,他方に著しく影響を与えずに決定することができません。この事実は,設計サービスのリスクと製造サービスのリスクが分離不可能であり,それぞれのサービスの相互依存性や相互関連性が高いことを示しています。そのため,設計サービスと製造サービスに独自の便益があるとしても,設計サービスの約束と製造サービスの約束を区分して識別できません(IFRS/BC 112)。
【凡例】 第〇項 企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
指針〇 同適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」
設例〇 同適用指針設例
IFRS第〇項 IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
IFRS/BC IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠)