履行義務の識別

履行義務の識別

2021922

弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。

Step2- 履行義務の識別

Step2「契約における履行義務を識別する」では,契約における約束を漏れなく識別した後(Step-①契約における約束の識別),別個の財又はサービス(の束)に区分し,又は束ねて識別します(Step-②別個の財又はサービスの識別)。そして,最後に,企業は,識別した別個の財又はサービス(の束)について,基本的にはそれぞれにつき履行義務を識別しますが(第32(1)),一定の要件を満たす一連の別個の財又はサービスは束ねて単一の履行義務を識別します(第32(2))。

本基準は,“別個の財又はサービス”という概念では,反復的なサービス契約などで費用対効果が低い多数の会計単位を識別してしまうという運用上の問題を解決するため,特性が実質的に同じであり,顧客への移転のパターンが同じである一連の別個の財又はサービスについて,単一の履行義務を識別することとします(第33項)。

履行義務とは

l  履行義務の定義

本基準は,“履行義務”を,以下のとおり定義します(第7項)。

顧客との契約において,次の(1)又は(2)のいずれかを顧客に移転する約束

(1) 別個の財又はサービス(あるいは別個の財又はサービスの束)

(2) 一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり,顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)

l  履行義務の概念

本基準は,“別個の財又はサービス”の概念が反復的なサービス契約などで費用対効果が低い多数の会計単位を識別してしまうという収益認識モデルの運用上の問題を解決し,首尾一貫性を高めるため,“別個の財又はサービス”の概念を基礎とし,最終的に区分して会計処理をする単位として“履行義務”を識別するものとしています(IFRS/BC 113,114)。

本基準が採用する“履行義務”という会計単位は,“別個の財又はサービス”という会計単位の上位概念であり,基本的には“別個の財又はサービス”と同じですが,特性が実質的に同じであり,顧客への移転のパターンが同じである一連の別個の財又はサービスについては,複数の“別個の財又はサービス”を包摂します。

契約変更の類型(第30項・第31項)及び変動対価の配分(第72項)の判定においては,一連の別個の財又はサービス(第32(2))に単一の履行義務を識別している場合には,履行義務ではなく,別個の財又はサービスという会計単位を用いることに留意する必要があります(IFRS/BC 115)。

履行義務の識別

l  履行義務の識別の目的

本基準は,基本となる原則として,“約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように,収益を認識する”という原理を採用します(第16項)。

本基準は,この原理を実現するため,“履行義務”という会計単位を用います。履行義務は,企業が負う財又はサービスを提供する義務を1つ又は複数に区分して識別した会計単位です。それぞれの履行義務に財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価(取引価格)を配分することにより,履行義務を充足した時に(又は充足するにつれて)当該履行義務に配分されている対価を収益として認識します。

履行義務の識別は,契約において約束した財又はサービスを顧客に移転するという企業の履行を忠実に描写するために適切な会計単位を識別することを目的とします(IFRS/BC 85)。

l  履行義務の識別

企業は,契約における取引開始日に,顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し,次のa又はbのいずれかを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別します(第32項)。

a 別個の財又はサービス(あるいは別個の財又はサービスの束)

b 一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり,顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)

本基準は,このうちbの要件を定めており(第32(2),第33項),企業は,その要件を満たす一連の別個の財又はサービスについて単一の履行義務を識別し,その要件を満たさない場合には,企業が識別した別個の財又はサービス(の束)のそれぞれを履行義務として識別します。

一連の別個の財又はサービス

l  概要

企業は,反復的なサービス契約(例えば,清掃契約や取引処理,電力を供給する契約)などでは,特性が実質的に同じ財又はサービスを一定の期間にわたり連続的に提供する場合があります。このような場合にも常に別個の財又はサービスを会計単位とすることを要求すると,別個の財又はサービスとして区分できる同質のサービスの単位を多数識別し,全体の対価(取引価格)を独立販売価格に基づいてそれぞれの同質のサービスの増分(例えば,清掃の1時間ごと)に配分することとなりますが,収益認識モデルをこのような方法で適用することは費用対効果が低いといえます。

そこで,本基準は,このような運用上の問題を解決し,収益認識モデルを単純化してコストを軽減するため,第32(2)の一連の別個の財又はサービスを履行義務の定義に含めることによって,履行義務の識別における首尾一貫性を高めています(第128項,IFRS/BC 113,114)。

l  要件

企業は,次のa及びbの要件をいずれも満たす場合には,一連の別個の財又はサービスに単一の履行義務を識別します(第32(2))。

a 複数の別個の財又はサービスの特性が実質的に同じであること

複数の別個の財又はサービスの内容がほぼ同一(同種)であることを意味します。

b 別個の財又はサービスの顧客への移転のパターンが同じであること

次のⅰ及びⅱの要件をいずれも満たす場合には,別個の財又はサービスの顧客への移転のパターンが同じであるものとします(第33項)。

ⅰ 一連の別個の財又はサービスのそれぞれが,第38項における一定の期間にわたり充足される履行義務の要件を満たすこと

ⅱ 第41項及び42に従って,履行義務の充足に係る進捗度の見積りに,同一の方法が使用されること

別個の財又はサービスのそれぞれが一定の期間にわたり充足される履行義務の要件(第38項)を満たし,かつ,仮に企業が別個の財又はサービスのそれぞれを履行義務として識別した場合には,本基準第41項及び第42項に従って,履行義務の充足に係る進捗度の見積りに同一の方法を使用することになる場合をいいます。本基準第42項は,履行義務の充足に係る進捗度の見積りについて類似の履行義務及び状況に首尾一貫した方法を適用することを要求するので,複数の別個の財又はサービスの特性が実質的に同じであれば,通常,同一の方法を使用することとなります。

Ø  一時点で充足される履行義務

一定の数量の同種の財又はサービスを同時に提供する場合のように,特性が実質的に同じであり,顧客への移転のパターンが同じである複数の別個の財又はサービスが一時点で充足される履行義務である場合には,第33項の要件を満たさないので,別個の財又はサービスごとに複数の履行義務を識別して処理します。もっとも,本基準は,そのように処理した結果と同じであれば,企業がそれらを単一の履行義務であるかのようにまとめて処理することを禁止しているわけではありません(IFRS/BC 116)。

顧客に財又はサービスを移転しない活動

企業は,契約を履行するために独立の活動を行うことが必要であっても,それにより財又はサービスを顧客に移転しない場合には,履行義務として識別してはなりません。

例えば,サービスを提供する企業が,契約における取引開始日又はその前後に,契約を履行するために多額の費用を要する種々の契約管理活動を行う場合がありますが,たとえその費用を補償する名目(例えば,入会手数料,加入手数料,セットアップ手数料,当初手数料等)で顧客に返金が不要な支払を要求するとしても,当該活動により財又はサービスを顧客に移転しないので,当該活動は履行義務ではありません(指針4,141,142IFRS/BC 93)。

 

【凡例】 第〇項   企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」

指針〇    同適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」

        IFRS/BC    IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠) 

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