2016年6月21日号(「公正な価格」を考える12号)
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

裁判上の公正な価格と法の趣旨
 適正な価格には3つの種類があることを述べましたが,財産評価基本通達を適用して算定する税務上の適正な価格は別として,いずれも総合的に評価する取引上の適正な価格と裁判上の公正な価格は同一の価格であるべきかどうかという問題があります。裁判上の公正な価格は,価格決定申立制度を設けた法の趣旨に沿って法的に評価すべきであるという考え方もあるからです。
 会社法は,さまざまな局面で申立により裁判所が株式の価格を決定する制度を整備していますが,制度の立法趣旨や売り手又は買い手の状況はそれぞれ異なります。
 例えば,会社法は,譲渡制限株式を他人に譲渡しようとする株主が,その譲渡等承認請求が承認されなかったときに,裁判所に対して会社又は指定買取人との間の売買価格決定の申立てを行う制度(会社法144条)を整備しています。この譲渡等承認請求に伴うケースでは,売り手は,自らすすんで株式を譲渡しようとしており,また,譲渡等承認請求の前後で株式価値に影響を与えるような発行会社の事業環境の変化はみられません。この価格決定申立制度では,裁判所が決定する価格は,法文上「売買価格」と表現されていますが,他に,相続人等に対する売渡請求に伴う価格決定申立制度(同法177条)でもこの表現が用いられています。
 これに対し,会社法は,組織再編等の株主総会決議に反対した株主に株式買取請求権を保障し,これを行使した反対株主と会社との間で価格の協議が調わない場合に,株主又は会社が裁判所に対して価格決定の申立てを行う制度も整備しています。組織再編等に伴うケースでは,売り手は,自己の意思に反して会社組織の基礎に本質的変更をもたらす株主総会議案が多数決により成立し,やむなく会社からの退出を選択しています。また,組織再編等の前後では,発行会社の事業環境の変化によりシナジーが生じることが想定されます。このような組織再編等に伴う価格決定申立制度では,定款変更等(会社法117条),株式の併合(同法182条の5),事業譲渡等(同法470条),組織再編(同法786条,798条,807条)のいずれの場合も,裁判所が決定する価格は,法文上「公正な価格」と表現されています。
 このように,会社法の法文の表現(「売買価格」か「公正な価格」か,そのほか単に「価格」と表現することもあります。)に価格の性質に対する立法者の明確な意図が反映されたのかは明らかではありませんが,会社法がさまざまな局面で価格決定申立制度を設けている法の趣旨や売り手又は買い手の状況は,一律ではなく,それぞれ異なっています。

投稿者: 片山法律会計事務所