連載「新しい収益認識基準で変わる契約実務」(公開草案版)

 

契約の識別

 

2017年9月11日 弁護士・公認会計士 片山智裕

A4小冊子 10ページ

ニュースレターのお申込み(無料)はこちらよりお願いいたします。PDFファイルにてメール送信いたします。

お申込みいただいた方には,過去の連載分と今後配信するニュースレターもメール送信いたします。

このページでは,その要約のみ配信しております。

NEWSLETTER4-2

ニュースレターのお申込み(無料)はこちらよりお願いいたします。PDFファイルにてメール送信いたします。

お申込みいただいた方には,過去の連載分と今後配信するニュースレターもメール送信いたします。

また,事務所セミナーなどのご案内をご郵送することもあります。

 

「契約の識別」 目次と概要

 

1.Step1-② 契約の識別

 

Step1「顧客との契約を識別する」では,まず,企業は,顧客との間で契約が成立していることを確認した後(Step1-①契約の成立),顧客との間で成立した契約が本基準を適用するための要件を満たすかどうかを判定します。

本基準は,企業が契約に収益認識モデルを適用するために満たさなければならない5つの要件を定立しています(第16項,IFRS/BC 33)。

また,本基準は,その適用範囲について,適用除外とされる一定の契約を除き,顧客との契約から生じる収益に本基準を適用することを定めています(第3項)。この適用範囲についても,企業の取引(契約)が本基準の適用対象となるかどうかを判定するという意味で,Step1-➁契約の識別と共通していますので,便宜上,このテーマに含めて解説します。

 

2.本基準の適用対象となる契約

 

法律制度における契約は,多種多様であり,範囲が広範にわたります。法律制度における契約には,婚姻・縁組などの身分行為に関する契約が含まれ,財産行為に関する契約には,質権・抵当権設定などの物権契約が含まれ,債権契約には贈与契約などの無償契約も含まれます。

これに対し,本基準の適用対象となる“契約”の範囲は,会計基準としての目的から限定されます。本基準の基本となる原則は,顧客に提供する財又はサービスと企業が受け取る対価との間に“交換” (=同価値性)の関係があることを本質としています(第13項)。したがって,本基準の適用対象となる“契約”は,財産行為に関する契約の中の債権契約に限られ,債権契約の中でも財又はサービスと対価との間に“交換”の関係のある有償契約に限られます。

このように,本基準は,会計基準としての目的から,法律制度における多種多様な契約の中から,本基準の適用に適さないものを“契約”として取り扱わないこととし,適用対象を限定しています。本基準が適用対象となる契約から除外するのは,次の場合です。

● 顧客との契約に該当しない契約(第3項)

● 適用除外の契約(第3項)

● 本基準第16項が掲げる要件を満たさない契約(第16項)

● 当事者双方が相手方に補償することなく解約することができる完全に未履行の契約(第19項)

 

☞本基準は,会計基準としての目的から,法律制度における多種多様な契約の中から本基準の適用に適した契約だけを適用対象とします。①顧客との契約に該当しない契約,②適用除外の契約,③本基準第16項に掲げる要件を満たさない契約,④当事者双方が相手方に補償することなく解約することができる完全に未履行の契約は,本基準の適用対象となりません。

 

3.顧客との契約とはー顧客の概念ー

 

本基準は,適用範囲について,IFRS第15号と同様に,原則としてすべての「顧客との契約」から生じる収益に適用することとしています(第3項,第95項)。

本基準は,“顧客”を「対価と交換に企業の通常の営業活動により生じたアウトプットである財又はサービスを得るために当該企業と契約した当事者」と定義づけます(第5項)。

この「顧客」の定義は,取引の属性に着眼しています。そのため,顧客との契約に該当するかどうかは,形式的には,契約の相手方が「顧客」に該当するかどうかを判定しているようであっても,実質的には,契約の相手方に提供する財又はサービスが「企業の通常の営業活動のアウトプット」かどうかを中心に判定することになります。

 

● 企業の通常の営業活動のアウトプットではない資産の売却

企業が資産(財又はサービス)を相手方に売却し,相手方からその代わりに対価を得たとしても,当該資産が企業の通常の営業活動のアウトプットではない取引については,相手方は「顧客」に該当しませんので,本基準の適用対象ではありません。

このような取引で企業が相手方に売却する資産は,株式,債券等の金融資産や,自社使用不動産などがあります。

 

● 協力者又は共同事業者との契約

例えば,契約の相手方が企業と契約した目的が,生じるリスクと便益を契約当事者が共同する活動又はプロセス(提携契約における資産の開発など)に参加することであり,企業の通常の営業活動のアウトプットを得ることではない場合には,当該契約の相手方は顧客ではありません(IFRS第6項)。

このような取引の相手方には,共同研究開発の目的や,企業の事業に協力する目的,企業の研究開発を支援する目的などがあり,当該アウトプットに対する経済的な補償が,企業が通常の営業活動により得る対価とは異なっており,当該アウトプットと経済的な補償との間に交換(=同価値性)の関係がありません。

☞企業は,相手方との取引関係が本基準の適用範囲である「顧客との契約」に該当するかどうかを判定するにあたって,取引の属性に着眼し,①企業が提供する財又はサービスが企業の通常の営業活動のアウトプットかどうかや,②当該アウトプットを相手方が対価と交換(=同価値性)に獲得する目的があるかどうかを考慮します。取引の相手方に共同研究開発の目的や,企業の事業に協力する目的,企業の研究開発を支援する目的があるときは,企業のアウトプットに対する経済的な補償が,通常の対価とは異なり,交換(=同価値性)の関係がない場合があることに留意します。

 

4.適用除外の契約

 

本基準は,適用範囲である「顧客との契約」から,次の契約を除外しています(第3項)。

a 企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」の範囲に含まれる金融商品に係る取引(第96項)

b 企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」の範囲に含まれるリース取引(第97項)

c 保険法に定められた保険契約(第98項)

d 顧客又は潜在的顧客への販売を容易にするために行われる同業他社との商品又は製品の交換取引(例えば,2つの企業の間で,異なる場所における顧客からの需要を適時に満たすために商品又は製品を交換する契約)(第99項)

e 金融商品の組成又は取得に際して受け取る手数料(第100項)

f 日本公認会計士協会 会計制度委員会報告第15号「特別目的会社を活用した不動産の流動化に係る譲受人の会計処理に関する実務指針」の対象となる不動産の譲渡

 

5.契約の要件ー本基準第16項ー

 

本基準は,以下のa~eの5つの要件をすべて満たす場合にのみ,本基準の適用対象となる契約として会計処理をするものとしています(第16項)。これらの要件の中には,法律上の契約が成立していれば当然に満たす要件もありますが,収益認識という会計の目的から特に要件を定立し,本基準を適用する契約の範囲を限定するものもあります。

 

a 当事者が,書面,口頭,取引慣行等により契約を承認し,それぞれの義務の履行を約束していること(第16項(1))

 

IFRS第15号は,契約の成立の判定にあたって,「当事者が契約の条件に拘束される意図があるかどうかを評価する」必要があると述べており(IFRS/BC 35),法律制度における契約が有効に成立するために各当事者の意思表示に「法的に拘束される意図」があることを前提としています。そのため,本基準第16項(1)の要件は,法律制度における契約である以上,当然に備えているものです。

契約の当事者が法人の場合,意思表示によって法的に拘束される主体(企業・顧客=法人)と実際に表示行為を担当する主体(担当者=自然人)が異なります。法人の内部手続(決裁,承認等)を経て法人名義の書面が発行されるときは,法人として法的に拘束される意図が認められますが,そのような内部手続を経ておらず,法人の一担当者の口頭による表示行為があったにすぎないケースでは,当該法人を法的に拘束させる意図がないことが少なくありません。

 

b 移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できること(第16項(2))

 

法律制度における契約は,契約の当事者が相互に他方当事者に履行すべき給付の内容が確定する可能性があれば有効に成立し,契約の成立時点で給付の内容が確定・固定している必要はありません。

これに対し,本基準においては,履行義務を充足する時点までにその移転を評価できる程度に財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できるようになった時点から,本基準の適用対象となる契約として取り扱います。

例えば,企業が顧客から一定の目的物の製造委託を受けたとします。契約書を取り交わした時点で,設計仕様の重要な部分が確定していなかったとしても,その後に確定する可能性があれば,法律上は,契約書を取り交わした時点で契約の成立を認めます。本基準の適用にあたっては,財又はサービスの移転を評価できる程度に確定した時点から本基準の適用対象となる契約として取り扱います。

 

c 移転される財又はサービスの支払条件を識別できること(第16項(3))

 

法律制度における契約は,対価の額(給付の内容)が確定する可能性があれば有効に成立し,契約の成立時点で対価の額が確定・固定している必要はありません。

これに対し,本基準では,対価の額については,変動する可能性のある部分を含んでいても見積りを用いて取引価格を測定しますので(第47項~第49項),当初は,対価の額を見積ることができなかったとしても,その後に見積りを用いて取引価格を測定できるようになった時点から,本基準の適用対象となる契約として取り扱います。

例えば,企業が顧客から建築を請け負い,作業の範囲が既に確定しているものの,当該作業に対する具体的な金額が定まっておらず,一定の期間にわたり最終決定されない可能性がある場合でも,見積りを用いて取引価格を測定することができれば契約を識別して収益を認識し,金額が最終決定されたときに契約変更として取り扱います(IFRS/BC 39)。

 

d 契約に経済的実質があること(すなわち,契約の結果として,企業の将来キャッシュ・フローのリスク,時期又は金額が変動すると見込まれること)(第16項(4))

 

非貨幣性交換については,複数の企業が収益を人為的に水増しするために,相互間で財又はサービスの往復を行うなど,悪用されるおそれがあります。そこで,本基準は,非貨幣性交換に経済的実質がない場合は収益を認識すべきではないとし,本基準の対象となる契約の要件に経済的な実質があることを要件としています(IFRS/BC 40)。そのため,法律制度における契約が有効に成立したとしても,この要件を満たさない契約は,収益認識という会計の目的から本基準の適用対象から除外されます。

 

e 顧客に移転する財又はサービスと交換に企業が権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高いこと。当該対価を回収する可能性の評価にあたっては,対価の支払期限到来時における顧客が支払う意思と能力を考慮する。(第16項(5))

 

顧客が対価を支払う最小限度の能力と意思すらす有しない場合は,顧客に対価を支払う義務に法的に拘束される意図が存在しない可能性が高く,法律制度における契約が有効に成立しない場合があります。

本基準においても,会計の目的から,顧客の信用リスクの評価が,契約が有効であるかどうかの判定の重要な部分であることを強調し(IFRS/BC 42),特に対価の回収可能性が高いことを要件として定立しています(IFRS/BC 44)。契約開始時に顧客に重大な信用リスクのある一部の取引について,企業が財又はサービスの移転について収益を「グロスアップ」して認識し,同時に多額の貸倒費用を認識することは,取引を忠実に表現せず,有用な情報を提供しないからです(IFRS/BC 265)。

この要件により,企業は,顧客が約束した対価を支払う能力と意思をどの程度有しているかの判定を求められます。

この要件の判定にあたって,企業は,まず,①顧客に移転する財又はサービスと交換に企業が権利を得ることとなる対価の額を決定し,次に,②当該金額を回収する可能性が高いかどうかを検討します(IFRS/BC 45)。

 

☞本基準第16項(1)~(5)のうち,(4)の経済的実質,(5)の顧客の信用リスクは,収益認識という会計の目的から評価しますので,法律上は有効に成立した契約がこれらの要件を充足しない場合があることに留意します。

 

6.当事者双方が相手方に補償することなく解約できる完全に未履行の契約

 

法律制度における契約がいったん成立すれば,当事者双方がその契約に法的に拘束され,当事者双方が合意するか(合意解約),又は契約・法律に別段の定めがない限り,いずれかの当事者の一方的な行為により何ら補償なしにその契約の拘束から解放されることはありません。

しかし,契約又は法律の別段の定めにより,当事者双方が相手方に補償することなく契約を一方的に解約することができる権利を有し,かつ,契約が未だ完全に未履行の状態にある場合には,いずれかの当事者が履行するまで企業の財政状態又は業績に影響を与えず,財務報告において追加的な情報を提供する必要がないことから,本基準の適用対象として取り扱いません(第19項,IFRS/BC 50)。

ⅰ「契約を解約する一方的で強制力のある権利」とは,当事者の一方的な意思表示により契約を解約することができる場合をいいます。

ⅱ「他の当事者に補償することなく」とは,相手方に違約金の支払その他の補償をする必要がない場合をいいます。

ⅲ「当事者双方が有していること」とは,契約当事者双方がⅰとⅱの要件を満たす解約権を有することをいいます。いわゆるクーリング・オフ制度は,消費者保護のために消費者だけから申込を撤回し,又は契約を解除する権利であり,一般的に事業者からの約定解除権は定められていませんので,当事者双方に解約権があるケースではありません(IFRS/BC 50)。

「契約が完全に未履行である」とは,企業が①約束した財又はサービスを顧客に未だ移転しておらず,かつ,②約束した財又はサービスと交換に,対価を未だ受け取っておらず,対価を受け取る権利も未だ得ていないことをいいます(第19項)。

 

☞企業は,当事者双方が,相手方に補償することなく,一方的な意思表示により契約を解約する権利を有し,かつ,いずれの当事者も全く履行していない段階では,契約が存在しないものとして取り扱い,財務報告で追加的な情報を提供する必要がありません。

 

投稿者: 片山法律会計事務所