連載「新しい収益認識基準で変わる契約実務」(公開草案版)

 

契約における重要な金融要素

 

2017年11月7日 弁護士・公認会計士 片山智裕

A4小冊子 8ページ

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「契約における重要な金融要素」 目次と概要

 

1.Step3-② 契約における重要な金融要素

 

Step3「取引価格を算定する」において,契約の当事者が明示的に又は黙示的に合意した支払の時期により,財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供される場合には,企業は,契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整する必要があります(第53項,第54項)。

ただし,実務上の便法として,企業が,契約における取引開始日において,約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が支払を行う時点の間が1年以内であると見込まれる場合には,重要な金融要素について金利相当分の影響を調整しないことができます(第55項)。

 

☞企業は,契約の当事者が合意した支払の時期(財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が支払を行う時点が1年以内であると見込まれる場合を除きます。)により,顧客又は企業に信用供与についての重要な便益が提供される場合には,契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整します。

 

2.金融要素の影響の調整

 

金融要素を含む契約

顧客との契約の中には金融要素を含む契約がありますが,そうした契約は,概念上,販売に係る取引(売買契約)と金融に係る取引(融資契約)の2つの取引が含まれ,現金販売価格による収益要素と後払い又は前払いの条件の影響による金融要素に区分することができます。

本基準は,基本となる原則として,企業が約束した財又はサービスと交換に得る対価の額で収益を認識するという原理を採用していますが(第13項),金融要素を含む契約において約束された対価は,金利相当分の影響を含まれているため,約束した財又はサービスの対価の額を忠実に反映していません。そのため,契約において約束した対価から金利相当分の影響を調整しなければ,約束した財又はサービスの顧客への移転時に誤った金額の収益を認識してしまうおそれがあります。また,重要な金融要素を識別することにより,顧客との契約の重要な経済的特徴(財又はサービスの移転を目的とする契約が融資契約を含んでいること)に関する有用な情報を財務諸表利用者に提供します。

 

目的

契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整する目的は,約束した財又はサービスの移転時の現金販売価格を反映する金額で収益を認識することにあります(第54項,IFRS/BC 230)。

現金販売価格とは,約束した財又はサービスが顧客に移転された時点で(又は移転されるにつれて)顧客が当該財又はサービスに対して現金を支払ったとした場合に,約束した財又はサービスに対して顧客が支払ったであろう価格をいいます(IFRS第61項)。

 

☞企業が契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整する目的は,約束した財又はサービスの移転時の現金販売価格を反映する金額で収益を認識することにあります。

 

3.重大な金融要素

 

要件

企業は,①契約の当事者が明示的に又は黙示的に合意した支払の時期により,②財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供される場合には,顧客との契約は重要な金融要素を含むと判定し,契約において約束された対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整しなければなりません(第53項,第54項)。

①契約の当事者が財又はサービスの顧客への移転の時点と異なる支払の時期を合意することは,契約が重要な金融要素を含む前提条件となります。

財又はサービスの顧客への移転のかなり前又はかなり後に支払期限が到来することは,契約が金融要素を含むための必要条件ではありますが,契約に定められた支払の時期だけが,金利相当分の調整の必要性を決定づけるものではありません。財又はサービスの移転の時点と支払の時点との間に相当の期間があっても,それらの時点が異なる理由が,企業と顧客の間での融資契約に関するものではない場合もあります。

そこで,本基準は,契約の当事者が合意した支払の時期によって,②財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供される場合には,契約が重要な金融要素を含むと判定することとしています(IFRS/BC 231)。

重要な金融要素は,信用供与の約束が契約に明記されているか,契約の当事者が合意した支払条件に含意されているかにかかわらず,存在する可能性があります(第124項)。

 

要素

契約が重要な金融要素を含むかどうかは,①契約が金融要素を含むかどうかと②金融要素が契約とって重要であるかどうかの2つの要素により構成されます(指針27)。

このうち②について,企業は,あくまで契約にとって(契約レベルでの)金融要素が重要かどうかを考慮します。多くの契約については,金融要素の影響が顧客との契約に関して認識すべき収益の金額を大きくは変更しないため,金融要素が重要ではないと考えられます。

企業によっては,類似した契約のポートフォリオレベルについての金融要素の複合した影響が企業全体にとって重要性がある場合もありますが,個々の契約にとって金融要素の影響が重要でない限り,重要な金融要素を識別する必要はありません(IFRS/BC 234)。

 

双方向性

企業は,契約の当事者が財又はサービスの顧客への移転の時点より後払いを合意するときは,企業から顧客に対して,また,前払いを合意するときは,顧客から企業に対して,それぞれ信用供与についての重要な便益が提供されるかどうかを判定します。

契約の当事者が財又はサービスの顧客への移転の時点より前払いを合意し,顧客から企業に対して信用供与についての重要な便益が提供される場合には,企業が受け取った現金よりも多額の収益を認識する結果になります。

このような結果は,従来の実務を変更することとなり,顧客が金融以外の理由(例えば,顧客に重要な信用リスクがある場合や顧客が事前の契約コストを企業に補償する場合)で前払いする取決めの経済的実質が反映されないことと平仄が合わないなどの問題も指摘されています(IFRS/BC 237)。

しかし,例えば,企業が,長期の工事請負契約に必要な資材の調達資金の提供を受けるために顧客との間で多額の前払いを合意する場合,そのような合意をしない場合に比べ,契約において約束された対価の額は,第三者から金融を得るための財務コストの分だけ低くなりますが,約束された財又はサービスが同一であるにもかかわらず,企業が信用供与についての重要な便益を顧客から受けるか第三者から受けるかによって認識すべき収益の額が異なるべきではありません。そこで,本基準は,契約の当事者が前払いの合意により顧客から企業に対して信用供与についての重要な便益が提供される場合にも,前払いによる重要な金利相当分の影響を調整する会計処理を免除しないこととしています(IFRS/BC 238)。

 

☞企業は,①契約の当事者が財又はサービスの顧客への移転の時点と異なる支払の時期を合意し,かつ,②財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供される場合には,契約が重要な金融要素を含むと判定します。

 

4.重大な金融要素の識別

 

指標

企業は,①契約が金融要素を含むかどうか,②金融要素が契約とって重要であるかどうかを評価するにあたって,以下の指標を含め,関連するすべての事実及び状況を考慮しなければなりません(指針27,IFRS/BC 232)。

a 約束した対価の額と財又はサービスの現金販売価格との差額

企業(又は他の企業)が,支払条件の時期に応じて,同一の財又はサービスを異なる対価の額で販売する場合には,一般的に,各当事者は契約が金融要素を含むことを認識しています。ただし,この差額が金融以外の要因による場合もあります(指針28参照)。

b 約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が支払を行う時点との間の予想される期間の長さ及び関連する市場金利の金融要素に対する影響

財又はサービスの移転の時点と支払の時点が異なることは,重要な金融要素を含むことを決定づけるものではありませんが,支払時期と市場金利の影響の複合によって,信用供与についての重要な便益が提供されていることを示す強い指標になる場合があります。

 

重要な金融要素を含まないことを示す要因

企業は,以下のいずれかに該当する場合には,顧客との契約は重要な金融要素を含まないと判定します(指針28,IFRS/BC 233)。

a 顧客が財又はサービスに対して前払いを行い,顧客の裁量により当該財又はサービスの移転の時期が決まること

カスタマー・ロイヤルティ・ポイントなど幾つかの類型の財又はサービスについては,顧客が当該財又はサービスに対して前払いを行い,当該財又はサービスの顧客への移転の時期が顧客の裁量で決まります。このような支払条件の目的は,信用供与についての重要な便益を顧客又は企業に提供することではないと考えられます。

b 対価が売上高に基づくロイヤルティである場合等,顧客が約束した対価のうち相当の金額に変動性があり,当該対価の金額又は時期が,顧客又は企業の支配が実質的に及ばない将来の事象が発生すること又は発生しないことに基づき変動すること

ロイヤルティ契約など一部の契約では,財又はサービスに関して重要な不確実性があるため,当事者が対価の額と支払時期を固定したくない場合があります。このような支払条件の主目的は,財又はサービスに対する対価の不確実性を解消し,当事者がその価値の保証を相手方に与えることにあり,信用供与についての重要な便益を顧客又は企業に提供することではないと考えられます。

c 約束した対価の額と財又はサービスの現金販売価格との差額が,顧客又は企業に対する信用供与以外の理由(例えば,顧客又は企業が契約上の義務の一部又は全部を適切に完了できないことに対する保全を支払条件により契約の相手方に提供する場合)で生じており,当該差額がその理由に基づく金額となっていること

状況によっては,業界又は法域での典型的な支払条件に従った前払い又は後払いには,金融以外の主目的がある場合があります。例えば,我が国の民法では,請負契約の報酬は,特約がない限り後払いとされ,建設業界の工事請負契約の標準約款でも完成・引渡し時に対価の一部又は全部を支払うものとされているように,顧客が契約の完了時又は所定のマイルストーンの達成時まで対価の一部又は全部の支払を留保する場合があります。逆に,限定的な財又はサービスの将来における提供を確保するために顧客が対価の一部を前払いすることを要求される場合もあります。このような支払条件の主目的は,当事者が財又はサービスの価値を相手方に保証すること(当事者が契約に基づく義務を適切に完了しないことに対する保全を相手方に与えること)にあり,信用供与についての重要な便益を顧客又は企業に提供することではないと考えられます(指針118)。

 

☞企業は,重要な金融要素の識別にあたって,①現金販売価格,②(a)支払時期と(b)市場金利の影響との複合を考慮します。ただし,①顧客が前払いした財又はサービスの移転の時期が顧客の裁量で決まる場合や,②変動対価の額や支払時期に対して当事者の実質的コントロールが及ばない場合,③現金販売価額との差額が信用供与以外の理由に見合っている場合(例えば,当事者が契約に基づく義務を完了しないことに対する保全を相手方に与える場合)は,重要な金融要素を識別しません。

 

5.実務上の便法

 

企業は,契約における取引開始日において,約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が支払を行う時点の間が1年以内であると見込まれる場合には,重要な金融要素について金利相当分の影響を調整しないことができます(第55項)。

本基準は,企業に重要な金融要素の識別や割引率の決定などを免除して本基準の適用を簡素化するため,信用供与についての便益が1年以内であることに限定し,実務上の便法を容認しています(IFRS/BC 236)。ただし,財又はサービスの移転の時点と支払の時点の間が1年以内のときは重要な金融要素について金利相当分の影響を調整しないという実務上の便法は,類似した状況における類似した契約に一貫して適用すべきです(IFRS/BC 235)。

 

☞企業は,実務上の便法として,契約における取引開始日において,財又はサービスの移転の時点と支払の時点の間が1年以内であると見込まれる場合には,重要な金融要素について金利相当分の影響を調整する必要はありません。

 

6.調整に用いる割引率

 

重要な金融要素の調整に用いる割引率

本基準は,重要な金融要素の調整に用いる割引率として,以下の利率を採用せず,契約における取引開始日において企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用されると見積られる割引率を採用しています。企業と顧客との間で財又はサービスの提供を伴わない金融取引を行う場合に使用される利率が,その契約において信用供与を受ける当事者の特性を,顧客又は企業が提供する担保又は保証とともに,当事者の信用度その他のリスクを含めて反映するからです(IFRS/BC 239)。

● 契約で明示された利率

契約に利率が明示されていたとしても,その利率を割引率として使用できるとは限りません。企業が,顧客との契約にあたって,販売インセンティブとして安価な金融を提供する場合もありますので,その利率を使用すると,収益の適切な認識とはならないからです(IFRS/BC 239)。

● リスクフリー金利

リスクフリー金利は,多くの法域において観察可能であり,割引率として使用すれば,各契約に固有の利率を算定するコストがかかりません。しかし,本基準は,リスクフリー金利を割引率として使用することにより生じる金利収益又は金利費用は,契約の当事者の特性を反映しないため,有用な情報をもたらさないことから,割引率として使用しないこととしています(IFRS/BC 239)。 

 

企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用される割引率

企業は,重要な金融要素について金利相当分の影響を調整するにあたって,契約における取引開始日において,企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用されると見積られる割引率を使用しなければなりません(指針29)。

企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用されると見積られる割引率の決定にあたって,顧客又は企業が提供する担保又は保証(顧客との契約により移転される資産を含みます。)も考慮します(IFRS第64項)。

 

現金販売価格への割引率

企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用されると見積られる割引率は,契約において約束された対価(名目金額)の現在価値が財又はサービスが顧客に移転される時の現金販売価格と等しくなるような利率として特定することができます(指針29)。 

 

割引率の再評価

企業は,契約における取引開始日に決定した割引率は,たとえその後に金利の変動や顧客の信用リスクの評価の変動等があったとしても,見直してはなりません(指針29,IFRS/BC 242,243)。

 

☞企業は,重要な金融要素について金利相当分の影響を調整するにあたって,顧客又は企業が提供する担保又は保証(顧客との契約により移転される資産を含みます。)も考慮し,契約における取引開始日において企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用されると見積られる割引率を使用しなければなりません。この割引率は,契約において約束された対価(名目金額)の現在価値が,財又はサービスが顧客に移転される時の現金販売価格と等しくなるような利率として特定することができます。

投稿者: 片山法律会計事務所