契約における重大な金融要素の存在
連載「新しい収益認識基準で変わる契約書」
契約における重大な金融要素の存在
2017年9月1日初版 弁護士・公認会計士 片山智裕
A4小冊子 9ページ
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「契約における重大な金融要素の存在」 目次と概要
1.Step3-② 契約における重大な金融要素の存在
Step3「取引価格を算定する」において,契約の当事者が(明示的に又は黙示的に)合意した支払の時期により,顧客又は企業に顧客への財又はサービスの移転に係る資金提供の重大な便益が提供される場合は,企業は,約束された対価の金額を貨幣の時間価値の影響について調整する必要があります(第60項)。
ただし,実務上の便法として,企業が,契約開始時において,約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が当該財又はサービスに対して支払を行う時点との間の期間が1年以内となると見込んでいる場合には,重大な金融要素の影響について調整する必要はありません(第63項)。
企業は,金融の影響(金利収益又は金利費用)を,包括利益計算書において,顧客との契約から生じる収益と区別して表示しなければなりません(第65項)。
☞企業は,契約の当事者が合意した支払の時期(財又はサービスの顧客への移転の時点とそれに対する顧客の支払の時点が1年以内と見込んでいる場合を除きます。)により,顧客又は企業に資金提供の重大な便益が提供される場合は,契約において約束された対価から貨幣の時間価値の影響を調整し,包括利益計算書において,金利収益又は金利費用を顧客との契約から生じる収益と区別して表示します。
2.金融要素の影響の調整
金融要素を含んだ契約
顧客との契約の中には金融要素を含んだ契約がありますが,そうした契約は,概念上,販売に係る取引(売買契約)と金融に係る取引(融資契約)の2つの取引が含まれ,名目的な現金販売価格についての収益要素と,後払い(延払い)又は前払いの条件の影響による金融要素に区分することができます。
本基準は,中心(コア)となる原則として,企業が約束した財又はサービスと交換に得る対価を反映する金額で収益を認識するという原理を採用していますが(第2項),金融要素を含んだ契約において約束された対価は,金融要素の影響を含んでいるため,約束した財又はサービスの対価を忠実に反映していません。そのため,契約において約束した対価から金融要素の影響を調整しなければ,約束した財又はサービスの顧客への移転時に誤った金額の収益を認識してしまうおそれがあります。また,重大な金融要素を識別することにより,顧客との契約の重要な経済的特徴(財又はサービスの移転を目的とする契約が融資契約を含んでいること)に関する有用な情報を財務諸表利用者に提供します。
目的
契約において約束された対価の金額を重大な金融要素の影響について調整する目的は,約束した財又はサービスの当該財又はサービスが移転される時点の現金販売価格を反映する金額で収益を認識することにあります(第61項,BC 230)。
現金販売価格とは,約束した財又はサービスが顧客に移転された時点で(又は移転されるにつれて)顧客が当該財又はサービスに対して現金を支払ったとした場合に,約束した財又はサービスに対して顧客が支払ったであろう価格をいいます(第61項)。
☞企業が契約において約束された対価の金額を重大な金融要素の影響について調整する目的は,約束した財又はサービスの移転時における現金販売価格を反映する金額で収益を認識することにあります。
3.重大な金融要素
要件
企業は,①契約の当事者が(明示的に又は黙示的に)合意した支払の時期により,②顧客又は企業に顧客への財又はサービスの移転に係る資金提供の重大な便益が提供される場合に,契約が重大な金融要素を含んでいると判定し,契約において約束された対価の金額を貨幣の時間価値の影響について調整しなければなりません(第60項)。
①契約の当事者が(顧客への財又はサービスの移転の時期と異なる)支払の時期を合意することは,契約に重大な金融要素が存在する前提条件となります。
顧客への財又はサービスの移転のかなり前又はかなり後に支払期限が到来することは,契約が金融要素を含んでいるための必要条件ではありますが,契約に定められた支払の時期だけが,金融要素の調整の必要性を決定づけるものではありません。財又はサービスの移転と支払との間に相当の期間があっても,それらの時期が異なる理由が,企業と顧客との間での融資契約に関するものではない場合もあります。
そこで,本基準は,契約の当事者が合意した支払の時期によって,②顧客又は企業に顧客への財又はサービスの移転に係る資金提供の重大な便益が提供される場合に,契約が重大な金融要素を含んでいると判定することとしています(BC 231)。
重大な金融要素は,資金提供の約束が契約に明記されているか,契約の当事者が合意した支払条件に含意されているかを問わず,存在する可能性があります(第60項)。
要素
契約が重大な金融要素を含んでいるかどうかは,①契約が金融要素を含んでいるかどうかと②金融要素が契約とって重大であるかどうかの2つの要素により構成されます(第61項)。
このうち②について,企業は,あくまで契約にとって(契約レベルでの)金融要素が重大かどうかを考慮します。多くの契約については,金融要素の影響が顧客との契約に関して認識すべき収益の金額を大きくは変更しないため,金融要素が重大ではないと考えられます。
企業によっては,類似した契約のポートフォリオレベルについての金融要素の複合した影響が企業全体にとって重要性がある場合もありますが,個々の契約にとって金融要素の影響が重大でない限り,重大な金融要素を識別する必要はありません(BC 234)。
両面性
企業は,契約の当事者が顧客への財又はサービスの移転の時期より後払いを合意するときは,企業から顧客に対して,また,前払いを合意するときは,顧客から企業に対して,それぞれ資金提供の重大な便益が提供されるかどうかを判定します。
契約の当事者が顧客への財又はサービスの移転の時期より前払いを合意し,顧客から企業に対して資金提供の重大な便益が提供される場合には,企業が受け取った現金よりも多額の収益を認識する結果になります。
このような結果は,従来の実務を変更することとなり,顧客が金融以外の理由(例えば,顧客に重大な信用リスクがある場合や顧客が事前の契約コストを企業に補償する場合)で前払いする取決めの経済的実質が反映されないことと平仄が合わないなどの問題も指摘されています(BC 237)。
しかし,例えば,企業が,長期の工事請負契約に必要な資材の調達資金の提供を受けるために顧客との間で多額の前払いを合意する場合,そのような合意をしない場合に比べ,契約において約束された対価の金額は,第三者から金融を得るための財務コストの分だけ低くなりますが,約束された財又はサービスが同一であるにもかかわらず,企業が資金提供の重大な便益を顧客から受けるか第三者から受けるかによって認識すべき収益の金額が異なるべきではありません。そこで,本基準は,契約の当事者が前払いの合意により顧客から企業に対して資金提供の重大な便益が提供される場合にも,前払いによる重大な金融要素の影響を調整する会計処理を免除しないこととしています(BC 238)。
☞企業は,①契約の当事者が顧客への財又はサービスの移転の時期と異なる支払の時期を合意し,かつ,②顧客又は企業に顧客への財又はサービスの移転に係る資金提供の重大な便益が提供される場合に,重大な金融要素を識別します。
4.重大な金融要素の識別
指標
企業は,①契約が金融要素を含んでいるかどうか,②金融要素が契約とって重大であるかどうかを評価するにあたって,以下の指標を含め,すべての関連性のある事実及び状況を考慮しなければなりません(第61項,BC 232)。
a 契約において約束された対価の金額と,約束した財又はサービスの現金販売価格との差額
企業(又は他の企業)が,支払条件の時期に応じて,同一の財又はサービスを異なる対価の金額で販売する場合には,一般的に,各当事者が契約に金融要素があることを認識しています。ただし,この差額が金融以外の要因による場合もあります(第62項参照)。
b 次の両者の組合せ
ⅰ 企業が約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と,顧客が当該財又はサービスに対して支払を行う時点との間の予想される期間の長さ
ⅱ 関連性のある市場での実勢金利
財又はサービスの移転と支払の時期が異なることは,重大な金融要素の存在を決定づけるものではありませんが,支払時期と実勢金利の影響の複合によって,資金提供の重大な便益が提供されていることを示す強い指標になる場合があります。
重大な金融要素の不存在を示す要因
企業は,以下の要因のいずれかが存在するときは,契約に重大な金融要素が存在しないと判定します(第62項,BC 233)。
a 顧客が財又はサービスに対して前払いしており,当該財又はサービスの移転の時期が顧客の裁量で決まる。
カスタマー・ロイヤルティ・ポイントなど幾つかの類型の財又はサービスについては,顧客が当該財又はサービスについて前払いを行い,当該財又はサービスの顧客への移転が顧客の裁量で決まります。そうした財又はサービスに対する支払条件の目的は,顧客又は企業に資金提供の重大な便益を提供することではないと考えられます。
b 顧客が約束した対価のうち相当な金額に変動性があり,当該対価の金額又は時期が,顧客又は企業の支配が実質的に及ばない将来の事象の発生又は不発生に基づいて変動する(例えば,対価が売上高ベースのロイヤルティである場合)。
ロイヤルティ契約など一部の契約では,財又はサービスに関して重大な不確実性があるため,当事者が対価の金額と支払時期を固定したくない場合があります。そうした財又はサービスに対する支払条件の主目的は,財又はサービスに対する対価の不確実性を解消し,その価値の保証を提供することにあり,顧客又は企業に資金提供の重大な便益を提供することではないと考えられます。
c 契約において約束された対価と財又はサービスの現金販売価格との差額が,顧客又は企業のいずれかに対する資金提供以外の理由で生じており,それらの金額の差額が相違の理由に見合っている。例えば,支払条件が,企業又は顧客に,相手方が契約に基づく義務の一部又は全部を適切に完了できないことに対しての保護を提供する場合がある。
状況によっては,業界又は法域での典型的な支払条件に従った前払い又は後払いには,金融以外の主目的がある場合があります。例えば,我が国の民法では,請負契約の報酬は,特約がない限り後払いとされ,建設業界の工事請負契約の標準約款でも完成・引渡し時に対価の一部又は全部を支払うものとされているように,顧客が契約の完成時又は所定のマイルストーンの達成時まで対価の一部又は全部の支払を留保する場合があります。逆に,限定された財又はサービスの将来の供給を確保するために,顧客が対価の一部を前払いすることを求められる場合もあります。そうした財又はサービスに対する支払条件の主目的は,当事者が契約に基づいて満足のいくように義務を完了するという保証を相手方に与えることにあり,顧客又は企業に資金提供の重大な便益を提供することではないと考えられます。
☞企業は,重大な金融要素の識別にあたって,①現金販売価格,②(a)支払時期と(b)実勢金利との影響の複合を考慮します。ただし,①顧客が前払いした財又はサービスの移転の時期が顧客の裁量で決まる場合や,②変動対価の金額や支払時期に対して当事者の実質的コントロールが及ばない場合,③現金販売価額との差額が資金提供の便益以外の理由に見合っている場合(例えば,当事者が契約に基づいて満足のいくように義務を完了するという保証を相手方に与える場合)は,重大な金融要素を識別しません。
5.実務上の便法
企業は,契約開始時において,企業が約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が当該財又はサービスに対して支払を行う時点との間の期間が1年以内となると見込んでいる場合には,契約において約束した対価の金額を重大な金融要素の影響について調整する必要はありません(第63項)。
本基準は,企業に重大な金融要素の識別や割引率の決定などを免除して本基準の適用を簡素化するため,資金提供の便益が1年以内であることに限定し,実務上の便法を容認しています(BC 236)。ただし,財又はサービスの移転と支払との間が1年以内のときは重大な金融要素の影響を調整しないという実務上の便法は,類似した状況における類似した契約に一貫して適用すべきです(BC 235)。
☞企業は,実務上の便法として,契約開始時において,財又はサービスの移転と支払との間の期間が1年以内となると見込んでいる場合には,契約において約束した対価の金額から重大な金融要素の影響を調整する必要はありません。
6.調整に用いる割引率
重大な金融要素の調整に用いる割引率
本基準は,重大な金融要素の調整に用いる割引率として,以下の利率を採用せず,契約開始時における企業と顧客との間の独立した金融取引に用いられる割引率を採用しています。企業と顧客との間で財又はサービスの提供を伴わない金融取引で使用される利率が,その契約において資金提供を受ける当事者の特性を,顧客又は企業が提供する担保又は保証とともに,当事者の信用度その他のリスクを含めて反映するからです(BC 239)。
● 契約で明示された利率
契約に利率が明示されていたとしても,その利率を割引率として使用できるとは限りません。企業が,顧客との契約にあたって,販売インセンティブとして安価な金融を提供する場合もありますので,契約で明示された利率を割引率として使用すると,契約の存続期間にわたる収益の適切な認識とはならないおそれがあるからです(BC 239)。
● リスクフリー金利
リスクフリー金利は,多くの法域において観察可能であり,割引率として使用すれば,各契約に固有の利率を算定するコストがかかりません。しかし,本基準は,リスクフリー金利を割引率として使用することにより生じる金利収益又は金利費用は,契約の当事者の特性を反映しないため,有用な情報をもたらさないことから,割引率として使用しないこととしています(BC 239)。
企業と顧客との間の独立した金融取引に用いられる割引率
企業は,契約において約束した対価の金額を重大な金融要素について調整するにあたって,契約開始時における企業と顧客との間での独立した金融取引に反映されるであろう割引率を使用しなければなりません(第64項)。
企業と顧客との間の独立した金融取引に用いられる割引率の決定にあたって,顧客又は企業が提供する担保又は保証(契約で移転される資産を含みます。)も考慮します(第64項)。
現金販売価格への割引率
企業と顧客との間での独立した金融取引に反映されるであろう割引率は,契約において約束された対価の名目金額を現金販売価格(=約束した財又はサービスが顧客に移転される時点で(又は移転されるにつれて)顧客が当該財又はサービスに対して現金で支払うであろう価格)に割り引く率として特定することができる場合があります(第64項)。
割引率の再評価
企業は,契約開始時に決定した割引率は,たとえその後に金利又は他の状況(顧客の信用リスクの評価など)の変動があったとしても,見直してはなりません(第64条,BC 242,243)。
☞企業は,重大な金融要素の調整にあたって,顧客又は企業が提供する担保又は保証(契約で移転される資産を含みます。)も考慮し,契約開始時における企業と顧客との間での独立した金融取引に反映されるであろう割引率を使用しなければなりません。この割引率は,契約において約束された対価の名目金額を現金販売価格に割り引く率として特定できる場合があります。
7.重大な金融要素の影響の表示
顧客との契約から生じる収益と区別した表示
企業は,金融の影響(金利収益又は金利費用)を,包括利益計算書において,顧客との契約から生じる収益と区別して表示しなければなりません(第65項)。
重大な金融要素を有する契約には別個の経済的特性(一方は財又はサービスの顧客への移転に関連し,他方は融資契約に関連する)が含まれており,それらの特性は区分して会計処理及び表示を行うべきだからです。
そこで,金融の影響(契約において約束された対価のうち割引率を使用して調整した部分が時の経過とともに調整が戻されること=いわゆる割引の巻戻し)は,顧客との契約から生じる収益とは区分して,収益の測定の変更としてではなく,金利収益又は金利費用として表示します(BC 246)。
契約資産(債権)・契約負債に対する付従性
金利収益又は金利費用は,契約資産(債権)又は契約負債が顧客との契約の会計処理において認識される範囲でのみ認識します(第65項)。
本基準により,顧客との契約から契約資産(債権)又は契約負債を認識している間だけ金利収益又は金利費用を認識しますが,契約資産(債権)又は契約負債を認識しなくなった場合には,金利収益又は金利費用を認識しません。
☞企業は,包括利益計算書において,顧客との契約から生じる収益と金融の影響(金利収益又は金利費用)を区別して表示します。
8.顧客の信用リスク
これまで,重大な金融要素を有する契約について,収益の表示も含めて解説しましたが,ここで,重大な金融要素を有する契約に限らず,顧客との契約全般について,顧客の信用リスクに関する会計処理及び表示について解説します。
契約開始時における顧客の重大な信用リスク
本基準は,販売機能の業績(収益の成長)と債権回収機能の業績(不良債権)を区別して有用な情報を提供するため,取引価格に顧客の信用リスクを反映しないこととしています(BC 259,260)。ただし,契約開始時から顧客に重大な信用リスクがある一部の取引について,企業が財又はサービスの移転について収益を「グロスアップ」して認識し,同時に多額の貸倒費用を認識することは,取引を忠実に表現せず,有用な情報を提供しません(BC 265)。そこで,本基準は,その適用対象となる契約について,契約開始時において,企業が顧客に移転する財又はサービスと交換に権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高いこと(顧客に重大な信用リスクがないこと)を要件としています(第9項(e))。
金融要素のない顧客との契約から生じた債権の減損損失の表示
本基準は,金融要素のない顧客との契約から生じた短期営業債権に係る減損損失を他の減損損失と区分して表示するものとしています(第113項(b))。
これにより顧客との契約から生じた収益総額(収益の趨勢情報)と債権管理(又は不良債権)に関する減損損失を区別して有用な情報を提供することができます(BC 264)。
減損損失は,必ずしも契約開始後,収益を認識した報告期間内に発生するものではなく,過去の報告期間に認識された収益に関するものもあり,これらを区別する情報を入手するため多額のコストがかかるおそれがあることから,本基準は,収益の科目と減損損失の科目を近くに表示して関連づけることを求めないこととしています(BC 261~263)。
顧客との契約の重大な金融要素から生じた債権の減損損失の表示
顧客との契約の重大な金融要素から生じた債権に係る減損損失は,他の類型の金融資産についての減損損失ととともに整合的に表示します(BC 245)。
顧客との契約の金融要素から生じた債権は,金融に係る取引(融資契約)から生じた債権と同じ取り扱いをすべきだからです(BC 244)。
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