変動対価
連載「新しい収益認識基準で変わる契約書」
変動対価
2017年8月21日初版 弁護士・公認会計士 片山智裕
A4小冊子 10ページ
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「変動対価」 目次と概要
1.Step3「取引価格を算定する」の概要
企業は,契約における履行義務を識別した後の次のステップで,契約開始時に,当該契約に係る取引価格を算定します。
顧客が固定額の現金対価を支払うと約束する場合は,単純に契約において約束された対価から取引価格を算定できますが,本基準は,契約において約束された対価から単純に取引価格を算定できない次の4つの類型について,取引価格の算定の指針を示しています(第48項,BC 188)。
1 変動対価/変動対価の見積りの制限
2 契約における重大な金融要素の存在
3 現金以外の対価
4 顧客に支払われる対価
☞企業は,契約開始時に,契約において約束された対価から取引価格を算定します。特に4つの類型(①変動対価,②契約における重大な金融要素の存在,③現金以外の対価,④顧客に支払われる対価)について,本基準に従って取引価格を算定します。
2.Step3-① 変動対価
Step3「取引価格を算定する」において,契約において約束された対価に変動性のある金額が含まれている場合には,企業は,約束した財又はサービスの顧客への移転と交換に権利を得ることとなる対価の金額を見積る必要があります(第50項)。
また,企業は,変動対価に関する不確実性がその後に解消される際に,認識した収益の累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高い範囲でのみ,変動対価の金額の全部又は一部を取引価格に含めます(第56項)。
3.取引価格とは
“取引価格”とは
本基準は,“取引価格”(transaction price)を,「約束した財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込んでいる対価の金額(第三者のために回収する金額を除く)」と定義づけています。
配分後取引価格アプローチ
本基準は,契約に基づく収益認識の原則を採用するとともに,財又はサービスを提供する義務(負債)の測定を,取引価格を契約における各履行義務に配分して行うアプローチ(配分後取引価格アプローチ)を採用しています(BC 25,26,181,183)。
他方,契約上の義務を,企業が独立した第三者に移転すると仮定した場合にその第三者から支払を求められる対価(債務引受けの代金)の金額で測定するアプローチ(現在出口価格アプローチ)も考えられます。
しかし,現在出口価格アプローチでは,契約開始時において,一般的に対価を受け取る権利(資産)の測定値が財又はサービスを提供する義務(負債)の測定値を上回るため,企業が約束した財又はサービスを顧客に移転する前に収益を認識してしまいます(BC 25)。
また,現在出口価格アプローチでは,残存履行義務を各報告期間の末日現在で直接的に測定しますが,現在出口価格は,通常は観察可能ではなく,見積りが複雑でコストがかかり,検証が困難になるおそれがあります。しかも,約束した財又はサービスの価値の変動性は,本来的に小さいか,又は顧客への移転までの比較的短期間では限定的であり,財務諸表利用者に追加的な情報をほとんど提供しません(BC 25,182)。
このような理由から,本基準は,現在出口価格アプローチを採用していません(BC 25~27,182)。
取引価格の基礎となる対価
取引価格には,企業が現在の契約に基づいて権利を有している対価の金額(変動性のある金額を含みます。)だけを含め(BC 186),新たな契約の成立により権利を得ることとなる対価の金額を含めません。
例えば,顧客が現在の契約に含まれる追加的な財又はサービスに対するオプションを行使したときは,企業と顧客との間に独立販売価格より重要な値引きがされた価格で追加的な財又はサービスを提供する新たな契約が成立しますが,新たな契約に係る対価(独立販売価格より重要な値引きがされた価格)は,現在の契約に係る取引価格に含めません(BC 186)。
また,顧客が現在の契約から新たな取引価格に変更することが予測されるとしても,企業と顧客との間に変更契約(新たな契約)が成立するまでは,新たな契約に係る対価は,現在の契約に係る取引価格に含めません(BC 186)。
以上のように,新たに成立する契約に係る対価は,企業は,未だ対価に対する権利を有していませんので,現在の契約に係る取引価格の算定に含めません(BC 186)。
取引価格の支払者
企業が現在の契約に基づいて権利を有している対価の金額は,いかなる当事者が支払ってもよく,顧客以外の当事者が支払う場合でも取引価格に含まれます。
例えば,ヘルスケア(医療介護)業界では,患者(顧客)だけでなく,保険会社あるいは政府機関から対価の支払を受ける権利を得ることとなる金額に基づいて取引価格を算定します。他の業界でも,例えば,仕入先であるメーカー(製造業者)が企業の顧客に直接クーポン又はリベートを発行するときは,企業は,顧客が使用したクーポン又はリベートに基づきメーカーから支払を受ける権利を得ることとなる金額も取引価格に含めます。
しかし,我が国における消費税(一部の法域における売上税や付加価値税)などのように,企業が他の当事者に代わって回収する金額は,取引価格に含めません(BC 187)。
顧客の信用リスク
取引価格には,約束した財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が“権利を得る”と見込んでいる対価の金額を基礎とし,企業が権利を得たとしても顧客の信用性リスクのために受け取れないと見込んでいる対価の金額も含みます。言い換えれば,取引価格は,企業が“受け取る”と見込んでいる対価の金額ではありませんので,企業が契約に従って権利を得る対価の金額を顧客から回収できないというリスク(顧客の信用リスク)は取引価格に反映されません(BC 259)。
財務諸表利用者にとって,収益を「総額」で測定する方が,企業で別々に管理されている販売機能の業績(収益の成長)と債権回収機能の業績(不良債権)を区別して評価し得る有用な情報を提供するからです(BC 260)。
☞企業は,現在の契約に基づいて権利を有している対価の金額を基礎に取引価格を算定し,現在の契約と関連する新たな契約の成立により権利を得ることとなる対価の金額は取引価格に含めません。また,取引価格には,保険会社,政府機関,顧客に直接クーポン等を発行する仕入先など顧客以外の当事者が支払う場合も含めますが,消費税など企業が他の当事者に代わって回収する金額は含めません。
4.取引価格の算定
取引価格は,契約において約束された対価を基礎に算定します。
企業は,取引価格を算定するために,契約の条件及び自らの取引慣行を考慮しなければなりません(第47項)。
契約において約束された対価の性質,時期及び金額は,取引価格の算定に影響を与えます(第48項)。
取引価格を算定する目的上,企業は,財又はサービスが現行の契約に従って約束どおりに顧客に移転され,契約の取消し,更新,変更はないものと仮定します(第49項)。
5.変動対価の識別
変動対価とは
変動対価とは,契約において約束された対価に変動性のある金額が含まれているものをいいます(第50項)。
変動対価は,企業が契約に基づいて権利を得ることとなる対価が変動する可能性のあるすべての状況で生じる可能性があり(BC 190),例えば,値引き,リベート,返金,クレジット,価格譲歩,インセンティブ,業績ボーナス,ペナルティー,又はその他の類似の項目によって,対価の金額の変動が生じる場合があります(第51項)。
変動対価の識別
企業は,顧客が契約において変動対価を約束するときは,約束した財又はサービスの顧客への移転と交換に権利を得ることとなる対価の金額を見積る必要がありますので(第50項),どのような場合に変動対価が顧客との契約の中に存在するのかを識別しなければなりません(BC 189(a))。
変動性にかかる条件
顧客が契約において変動性のある対価を算定することを約束する場合だけでなく,契約において約束された対価に対する企業の権利が将来の事象の発生又は不発生を条件としている場合にも,対価の金額が変動する可能性があります(第51項)。
条件とは,法律効力の発生又は消滅を将来の実現や到来の不確実な事実の発生(成就)にかからせることをいいます。契約において対価に対する企業の権利に条件が付されているときは,たとえ契約に明示された価格が固定されていても,変動対価に該当します。
例えば,製品が返品権付きで販売された場合,顧客が返品権を行使するという条件の成就により企業がいったん受け取った対価を顧客に返金する義務が発生しますので,変動対価に該当します。契約に明記された価格が固定されていても,企業は,固定された価格すべてに対する権利を得るか,又は固定された価格に対する権利を全く得ないかのいずれかの可能性があり,対価が変動するからです(BC 191)。
他方,期限とは,法律効力の発生又は消滅を将来発生することが確実な事実にかからせることをいいます。契約において対価に対する企業の権利に期限が付されていても,変動対価には該当しません。企業が約束した財又はサービスを顧客に移転した時に又はその後に,あるいは移転と引き換えに,対価に対する企業の権利が発生しても,対価の金額は変動しません。
変動性に関する明示~価格譲歩~
顧客が約束した対価に関する変動性は,契約に明示されることが少なくありませんが,企業が契約に明示された価格よりも低い価格を受け入れる可能性がある(契約が黙示的な価格譲歩を含んでいる)ために,約束された対価に変動性があることもあります(BC 192)。
企業は,契約の条件に加えて,次の状況のいずれかが存在する場合には,約束された対価に変動性があると判定します(第52項)。
a 顧客が,企業の取引慣行,公表した方針及び具体的な声明から生じた妥当な期待として,企業が契約に記載された価格よりも低い対価の金額を受け入れるであろうという期待を有している。すなわち,企業が価格譲歩を提供すると期待されている。
例えば,企業が顧客との関係を強化して当該顧客への将来の販売を促進する目的で,過去に当該顧客に販売した商品につき当該顧客が容易に第三者に売却できるよう値引きすることを可能にするために価格譲歩することがありますが,企業の取引慣行,公表した方針及び具体的な声明から,企業がそのような価格譲歩をするであろうという妥当な期待を顧客が有しているときは,約束した対価に変動性があると判定します(BC 192)。
b 他の事実及び状況により,顧客との契約を締結する際の企業の意図が,顧客に価格譲歩を提供することであることが示されている。
企業の取引慣行,公表した方針及び具体的な声明がないものの,例えば,企業が新規顧客との関係を開発する戦略のため,当該顧客と契約を締結する場合に,他の要因により,企業が契約に明示された価格よりも低い価格受け入れる意図があるという状況が存在するときは,約束した対価に変動性があると判定します(BC 193)。
☞企業は,顧客が契約において変動性のある対価を算定することを明示に約束する場合だけでなく,①約束された対価(価格が固定されている場合を含みます。)に対する企業の権利が将来の事象の発生又は不発生を条件としている場合や,②企業が契約に明示された価格よりも低い価格を受け入れるであろうという顧客の妥当な期待や企業の意図がある一定の状況が存在する場合にも,変動対価を識別します。
6.変動対価の見積りの方法
変動対価の見積り
企業は,変動対価を識別したときは,適切な方法により変動対価の金額を見積る必要があります(BC 189(b))。
本基準は,変動対価の金額の見積りに関し,その目的を明示し,適切な測定方法を限定しています。経営者に自由に見積りの方法を選択することを容認することは,財務諸表利用者にとっての理解可能性や企業間の比較可能性を損なうおそれがあるからです(BC 196~198)。
変動対価の見積りの方法
企業は,次のいずれかの方法のうち,企業が権利を得ることとなる対価の金額をより適切に予測できると見込んでいるものを用いて,変動対価の金額を見積らなければなりません(第53項,BC 195)。
a 期待値
期待値とは,考え得る対価の金額の範囲における確率加重金額の合計をいいます。
期待値は,報告期間の末日現在の不確実性のすべてを反映しますので,とりわけ,企業が特徴の類似した多数の契約を有している場合には,変動対価の金額を適切に見積ることができます。他方で,契約で生じ得る結果が2つしかない場合などでは,期待値は,契約に従って生じ得ない結果(金額)を示すこともあり,必ずしも企業が権利を得ることとなる金額を忠実に予測しない場合があります(BC 199,200)。
b 最も可能性の高い金額
最も可能性の高い金額とは,考え得る対価の金額の範囲における単一の最も可能性の高い金額をいいます。
契約で生じ得る結果が2つしかない場合には,変動対価の金額を適切に見積ることができます(BC 200)。
合理性の原則
企業は,変動対価の見積りにあたって,企業が合理的に利用可能なすべての情報(過去,現在及び予想)を考慮しなければならず,合理的な数の考え得る対価の金額を識別しなければなりません(第54項)。
一貫適用の原則
企業は,契約全体を通じて,変動対価の見積りに関する一つの方法を首尾一貫して適用しなければなりません(第54項)。
☞企業は,合理的に利用可能なすべての情報を考慮し,①期待値又は②最も可能性の高い金額のうち企業が権利を得ることとなる対価の金額をより適切に予測できると見込んでいる方法を使用し,合理的な数の結果(金額)を識別して変動対価を見積ります。
7.変動対価の見積りの制限
変動対価の見積りの制限
本基準は,変動対価の見積りの不確実性が高すぎるときは,企業が顧客に移転する財又はサービスと交換に権利を得ることとなる対価を忠実に描写しないおそれがあることから,財務諸表利用者に有用な情報を提供するために,変動対価の見積りの一部又は全部を取引価格に含めないこととしています(BC 203)。
そこで,企業は,どのような場合に,そうした変動対価を制限し,取引価格に含めるべきでないのかを判定する必要があります(BC 189(c))。
目的
財務諸表利用者が企業の将来の収益をより適切に予測するためには,ある報告期間における収益の測定値が,その後の報告期間に重大な戻入れが生じないことが有用であるといえます。そこで,本基準は,変動対価の見積りの制限に関し,収益の下方修正(収益の戻入れ)を制限することに焦点を置き,認識した収益の累計額の重大な戻入れが生じないことを目的としています(BC 206,207)。
また,本基準は,変動対価の見積りの制限が,どの程度(レベル)の確度で重大な収益の戻入れが生じないことを確保するのか,という問題(確信のレベル)を実務的に統一するため,「非常に可能性が高い」という用語によりそのレベルを明示しています(BC 208~212)。
要件~考慮すべき要素と要因~
企業は,見積られた変動対価の金額の一部又は全部を,変動対価に関する不確実性がその後に解消される際に,認識した収益の累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高い範囲でのみ,取引価格に含めなければなりません(第56項)。
企業は,認識した収益の累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高いかどうかを評価するにあたって,収益の戻入れの①確率と②大きさの両方を考慮しなければなりません。
変動対価の見積りの一部の制限
企業は,変動対価の見積りの一部を取引価格に含めたときは,収益の累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高いと評価する場合には,変動対価の見積り全体を取引価格から除外する必要はなく,その一部を取引価格に含めるべきです(BC 218)。
ただし,知的財産のライセンスとの交換で約束された売上高ベース又は使用量ベースのロイヤルティの形態の対価については,適用指針(B 63)を適用して会計処理しますので,企業は,不確実性が解消される(顧客に売上又は使用が生じる)までは,収益を認識してはなりません(第58項,BC 219)。
☞企業は,変動対価に関する不確実性がその後に解消される際に,認識した収益の累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高いといえない場合は,見積られた変動対価の金額の一部又は全部を制限し,取引価格に含めません。
8.取引価格の事後の変動
取引価格の事後の変動
本基準は,各報告期間末現在で存在している状況及び報告期間中の状況の変化を描写するため,企業が契約期間全体を通じて取引価格の見積りを見直すものとし(BC 224),取引価格のその後の変動の会計処理を定めています(BC 189(d))。
変動対価の再判定
企業は,各報告期間末において,各報告期間末現在で存在している状況及び報告期間中の状況の変化を忠実に反映するために,変動対価の見積りが制限されるかどうかの評価も含め,見積った取引価格を見直さなければなりません。企業は,見直した取引価格について,Step4「取引価格を契約における履行義務に配分する」で,取引価格の変動の会計処理(第87項~第90項)を行います(第59項)。
☞企業は,契約開始時に見積った変動対価について,契約期間全体を通じ,各報告期間末において取引価格を見直し,取引価格の変動の会計処理(第87項~第90項)を行います。
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