履行義務の充足

一時点で充足される履行義務

20211213

弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。

Step5- 一時点で充足される履行義務

Step5「履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する」では,企業は,まず,履行義務の属性を判定します(Step-①履行義務の属性の判定)。

企業は,資産に対する支配を顧客に一定の期間にわたり移転する3類型の要件(第38(1)(3))のいずれかにも該当しない場合には,一時点で充足される履行義務と判定し,一時点で充足される履行義務のそれぞれについて,資産に対する支配を顧客に移転することにより当該履行義務が充足される時に収益を認識します(第39項)。

企業は,資産に対する支配を顧客に移転した時点を決定するにあたっては,直接“支配”の概念(第37項)を適用するほか,例えば,次の1~5の指標(第40(1)(5))を考慮して支配の移転を検討します(第40項)。

1 企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること

2 顧客が資産に対する法的所有権を有していること

3 企業が資産の物理的占有を移転したこと

4 顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い,経済価値を享受していること

5 顧客が資産を検収したこと

履行義務を充足する時点の決定

l  収益の認識

企業は,一時点で充足される履行義務については,資産に対する支配を顧客に移転することにより履行義務が充足される時に収益を認識します(第39項)。

なお,割賦販売について,我が国の実務では,従来まで割賦基準により収益を計上する取扱いがされていましたが,本基準は,国際的な比較可能性を損なわせないために代替的な取扱いを定めなかったので,本基準の適用により我が国の実務が大きく変わることになります(指針182)。

l  資産に対する支配を顧客に移転した時点の決定

企業は,資産に対する支配を顧客に移転した時点を決定するにあたっては,直接“支配”の概念(第37項)を適用するほか,例えば,次のa~eの指標(第40(1)(5))を考慮して支配の移転を検討します(第40項)。

a 企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること(指標(1)

b 顧客が資産に対する法的所有権を有していること(指標(2)

c 企業が資産の物理的占有を移転したこと(指標(3)

d 顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い,経済価値を享受していること(指標(4)

e 顧客が資産を検収したこと(指標(5)

以上の5つの支配の移転の指標は,支配の移転の要件ではなく,支配が移転した時点の総合的な判定にあたって考慮すべき要素です。企業が支配の移転の検討にあたって考慮すべき要素は,本基準に例示されている上記a~eの指標(第40(1)(5))の5つに限定されません(IFRS/BC 155)。

l  買戻契約

企業は,資産に対する支配が顧客に移転しているかどうかを判断するにあたっては,買戻契約の取扱い(指針6974)に従って,当該資産を買い戻す契約が存在するかどうか及びその契約条件を考慮します(指針8)。

資産に対する企業の継続的関与(例えば,コール・オプション)がある場合には,資産に対する支配が顧客に移転していない可能性があるからです(IFRS/BC 157)。

企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること(第40項(1))

l  支配との関連性

顧客が企業から提供された資産に関する対価を支払う現在の義務を負うことは,顧客が当該資産の使用を指図し,当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を有することの指標になります(指針14(1))。

もっとも,企業が資産に関する対価を収受する権利は,財又はサービスそのものに関連する指標ではないので,その有用性には限界があります。例えば,対価の前払いを定める契約では,企業が資産に関する対価を収受した後も当該資産が顧客に移転していません。逆に,対価の後払いを定める契約では,企業が既に顧客にサービスを移転しているにもかかわらず,対価を収受する権利を有していないこともあります。そのため,資産に関する対価を収受する権利は,いつ収益を認識するのかを決定づける包括的な要件や指標にはなりません(IFRS/BC 148)。むしろ,企業が資産に関する対価を収受する現在の権利を有しないことは,企業が履行義務を充足していないことの消極的な指標になります。

l  資産に関する対価を収受する現在の権利

企業が資産に関する対価を収受する現在の権利を有しているとは,現時点で対価に対する企業の権利が無条件であること,すなわち対価を受け取る期限が到来する前に必要となるのが時の経過のみであるものをいいます(第150項)。この場合,企業は債権(対価に対する法的な請求権)を認識します(第12項)。

企業が資産に関する対価を収受する現在の権利を有しない場合には,顧客が確定期限の未到来以外に対価の支払を拒絶できる法律上の抗弁(主張)を有します。顧客が対価の支払を拒絶できる法律上の抗弁には,停止条件の未成就,不確定期限の未到来(先履行義務の未履行),同時履行の抗弁があります。

l  停止条件の未成就

条件とは,法律効力の発生又は消滅を将来の実現や到来の不確実な事実の発生(成就)に係らせることをいいます。条件が成就したときに法律効力が発生する場合を停止条件といい(“効力の発生が条件の成就まで停止している”),条件が成就したときに法律効力が消滅する場合を解除条件といいます(“発生した効力が条件の成就により解除される”)。

例えば,企業(乙)が顧客(甲)から仲介業務を受託する場合に,「客先と売買契約が成立したときは,甲は,乙に対し,報酬を支払う」という定めは,企業の報酬請求権に客先との売買契約の成立という停止条件を付しています。

l  不確定期限の未到来(先履行義務の未履行)

期限とは,法律効力の発生又は消滅を将来発生することが確実な事実に係らせることをいいます。発生すること自体は確実であるが,いつ発生するかが不確実な事実に係らせる場合を不確定期限といい,いつ発生するかが確実な事実に係らせる場合を確定期限といいます。

対価を受け取る権利に確定期限が付されていても,対価を受け取る期限が到来する前に必要となるのが時の経過のみである状態であり,本基準はこれを“無条件”と呼び(150項),企業は資産に関する対価を収受する現在の権利を有します。

これに対し,対価の後払いの定め(契約の目的とされた財又はサービスを受領した後に対価を支払う定め)は,企業がいつ財又はサービスを提供する義務(先履行義務)を履行するかが不確実であるために不確定期限であり,企業は,財又はサービスを提供する義務の履行を完了しない限り,資産に関する対価を収受する現在の権利を有しません。

例えば,企業(乙)が顧客(甲)から一定の業務を受託する場合に,「甲は,乙に対し,成果物の提出日の属する月の翌月末までに報酬を支払う」という定めは,企業の報酬請求権に成果物を提出したという不確定期限を付しており,企業が成果物を提出するまでは資産に関する対価を収受する現在の権利を有しません。企業が成果物を提出することにより,支払期限(翌月末)が到来する前に必要となるのが時の経過のみである状態になるので,資産に関する対価を収受する現在の権利を取得します。

l  同時履行の抗弁

同時履行の抗弁とは,双務契約の当事者が,相手方がその債務の履行を提供するまでは,自己の債務の履行を拒むことができる権利をいいます(民法533条)。

顧客が企業に対価を支払う義務と,企業が顧客に契約の目的とされた財又はサービスを提供する義務(給付義務)との間に同時履行の関係のある契約では,企業は,契約の目的とされた財又はサービスを提供しない限り,顧客が対価の支払を拒絶することができるので(同時履行の抗弁),資産に関する対価を収受する現在の権利を有しません。

不動産の売買,建築の請負等,多額の対価を支払う契約では,対価を支払う義務と契約の目的とされた財又はサービスを提供する義務を同時履行の関係として合意する場合が少なくありません。これら双方の義務を同時履行の関係にする場合には,通常,契約条項に「と同時に」や「と引き換えに」などの用語を使って明示し,対価の後払いと区別します。

例えば,「甲は,乙に対し,本件不動産及び所有権移転登記に必要な書類の引渡しを受けるのと引き換えに売買代金を支払う」という定めは,顧客(甲)に同時履行の抗弁がありますが,「甲は,本件機械の引渡しを受けたときは,乙に対し,売買代金を支払う」という定めは,対価の後払いを意味し,企業(乙)の本件機械の引渡しが先履行義務になります。

顧客が資産に対する法的所有権を有していること(第40項(2))

l  支配との関連性

法的所有権は,物に対する完全支配権であり,所有者は,自らの活動に物(資産)の消費,処分,売却,交換,使用,担保差入れ,保有等のあらゆる利用ができ,他の企業に対する利用の許諾・制限もできるので,顧客が資産に対する法的所有権を有することは,顧客が当該資産の使用を指図し,当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力又は他の企業が当該便益を享受することを制限する能力を有していることの指標になります(指針14(2))。

法的所有権は,それが顧客に移転した時に顧客が当該資産に対する支配を獲得し,逆に,それが企業に留まる間は未だ顧客が当該資産を支配していないことを示す重要な指標になります。多くの場合,資産の法的所有権の帰属と資産に対する支配の帰属は一致します。ただし,顧客の支払不履行に対して資産の保全を行うためにのみ企業が法的所有権を有している場合(所有権留保)には,顧客が資産に対する支配を獲得することを妨げません(指針14(2))。

l  法的所有権の概念

所有権は,物権であり,物に対する完全支配権をいいます。所有権は,法律上の概念であり,本基準は「法的所有権」という用語を使っています。

l  法的所有権の移転時期

a 契約に明示されている場合

物権の設定及び移転は,当事者の意思表示のみによって効力を生じ(民法176条,意思主義),要式や登録・登記を必要としません。そのため,所有権の移転及びその時期は,旧所有者(譲渡人)と新所有者(譲受人)との間の合意のとおりに効力が生じるので,契約書,合意書等に明示されている場合には,それに従います。

例えば,顧客(甲)と企業(乙)との間の売買契約書(継続的取引基本契約書)に「乙が甲に商品を引き渡したときに,その所有権が乙から甲に移転する」との定めがあれば,商品の引渡しを完了した時に商品の法的所有権が企業から顧客に移転します。契約書では,この「引渡し」がいつ完了するかを定める場合もあり,例えば,「乙は,前条の検査に合格したときに,甲に商品を引き渡す」との定めは,商品の法的所有権は企業が納品しただけでは顧客に移転せず,検査に合格した時にはじめて顧客に移転することを意味します。

b 契約に明示されていない場合

法的所有権の移転時期が契約書,合意書等に明示されていない場合には,意思表示の解釈(契約の解釈)により定めますが,一般的には対抗要件を具備するときに法的所有権も移転することを黙示に合意している場合が多いといえます。

物権変動における新権利者が,旧権利者以外の第三者に対して新たに権利者になったことを主張するためには,物権の現状を第三者が知り得るような公示方法を備えなければなりません。この公示方法を対抗要件といい,不動産の対抗要件は登記であり,動産の対抗要件は引渡しです(民法177,178条)。企業が顧客に目的物の法的所有権を移転する契約では,対抗要件まで具備されてはじめて顧客が確定的に法的所有権を取得するので,多くの場合,当事者はその時に法的所有権を移転する意思であるとみられます。

l  所有権留保(支払不履行に対して資産の保全を行う権利)

a 所有権留保

所有権留保とは,売主が買主に目的物を引き渡した後も,売買代金の支払を担保する目的でその完済まで目的物の法的所有権を留保することをいいます。

買主が売買代金の支払を怠った場合は,売主が留保した法的所有権に基づき,その目的物を買主又は第三者から引き揚げてこれを換価するなどして売買残代金の弁済に充当します。買主が売買代金を完済したときは,留保した法的所有権が売主から買主に移転します。

所有権留保は,売買代金の割賦払い(分割払い)による動産の売買において利用されることが少なくありませんが,売買代金の一括払いであってもその支払を担保する目的で,例えば,顧客(甲)と企業(乙)の間の商品売買でも「商品の所有権は,甲が代金の支払を完了した時に乙から甲に移転する」と定める場合もあります。

買主の目的物の利用状況は,通常の売買と異ならないため,売主が法的所有権を留保する場合には,通常,買主に明示的な合意を求め,契約条項又は約款で,買主による目的物の分別管理や明認方法,処分禁止,目的物の引き揚げ・換価の取扱い等を詳細に取り決めます。

b 支配との関連性

所有権留保の特約のある売買契約では,顧客(買主)は,売買代金の完済により資産の法的所有権を取得するので(停止条件付移転),現時点で法的所有権を有していなくとも,取引通念上,当該資産を売却することができます。例えば,顧客が未だ法的所有権を有していない資産について第三者との間で締結した売買契約(いわゆる他人物売買)も有効であり,顧客は,第三者から受領した売買代金を企業に支払って資産の法的所有権を取得するのと同時に第三者に移転することができます。したがって,企業が所有権留保の特約により資産の法的所有権を有していたとしても,顧客が当該資産に対する支配を獲得することを妨げません(指針14(2))。

企業が資産の物理的占有を移転したこと(第40項(3))

l  支配との関連性

顧客が資産を物理的に占有することは,顧客が当該資産の使用を指図し,当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力又は他の企業が当該便益を享受することを制限する能力を有することの指標になり得ます(指針14(3))。

しかし,物理的占有の帰属と資産に対する支配の帰属は一致しない場合もあります。例えば,買戻契約の中には,企業が顧客に資産の物理的占有を移転しながら,依然として当該資産を支配しているものがあります。逆に,請求済未出荷契約では,顧客が資産に対する支配を獲得しながら,企業が依然として当該資産の物理的占有を継続しています(指針14(3))。

l  物理的占有

占有は,一般に物に対する事実的支配をいいます。法律用語の「占有」は,自己のためにする意思をもって物を所持することをいい(民法180条),客観的に表れた人の“意思”と,物に対する事実上の支配としての“所持”の2つの要素からなります。しかし,本基準は「物理的」占有という用語を使っているので,主として物に対する事実上の支配にだけ着眼しており,観察により客観的に適用できる指標としています。

ただし,本基準は,「物理的占有」の静態的な帰属ではなく,企業から顧客へ「移転した」という動態的な移転を指標としているので,“意思”を全く無視することはできません。例えば,企業がその意思によらずに物理的占有を喪失し,それを顧客が獲得しても,物理的占有の移転とはいえません。

l  関連する適用指針

物理的占有は,基本的に占有者の“意思”を捨象するため,次のa又はbの場合に物理的占有の帰属と資産に対する支配の帰属が一致しません。

a 物理的占有が移転しながら資産に対する支配が移転しない場合

企業から顧客に物理的占有が移転しながら資産に対する支配が移転しない典型的な契約として,買戻契約(指針6974)や委託販売契約(指針75,76)があります。

b 物理的占有が移転しないのに資産に対する支配が移転する場合

物理的占有が移転しないのに資産に対する支配が企業から顧客に移転する場合には,①企業が資産の物理的占有を保持しながら資産に対する支配が企業から顧客に移転する典型的な契約として,請求済未出荷契約(指針7779)があります。逆に,②顧客が資産の物理的占有を保持しながら資産に対する支配が企業から顧客に移転する典型的な契約として,消化仕入契約(設例30)・寄託品使用高払契約があります。②は,当初に企業から顧客に物理的占有が移転しながら資産に対する支配が移転しなかった上記aの事象の後に生じる事象です。

顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い,経済価値を享受していること(第40項(4))

l  支配との関連性

顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い,経済価値を享受している事象は,顧客が当該資産に対する支配を獲得した結果であることが少なくありません(IFRS/BC 154)。そのため,資産の所有に伴う重大なリスクと経済価値を顧客に移転することは,顧客が当該資産の使用を指図し,当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を獲得することの指標となります(指針14(4)IFRS/BC 119)。

もっとも,本基準は,リスク・経済価値アプローチに代えて支配アプローチを採用しているので,法的所有権の客体となる1つの目的物に関連した2つ以上の財又はサービスを提供する義務を含む契約(複数要素契約)では,それぞれの履行義務を充足する時点を決定するにあたって,他の独立の履行義務に関連する当該目的物の一部のリスクを除外して判定する必要があります。例えば,企業が約束した財を移転する履行義務に加えて,維持管理サービスを移転する独立の履行義務を識別している場合には,財を移転する履行義務を充足する時点を決定するにあたって,当該財に関連する一部のリスク(故障や性能の低下)を除外して判定します(IFRS/38(d))。

l  危険負担

資産の所有に伴うリスクとして想定される一事象に資産の滅失毀損があります。顧客との契約では,契約条件として,いつから顧客が資産の滅失毀損のリスクを負うのかという取扱い(危険負担)を明示に定めることが多いので,支配の移転の指標として危険負担を考慮することが有用です。

売買契約,請負契約等の双務契約で,企業が財を移転する義務を負う場合,当該財の移転の前後や移転過程(特に遠隔地者間の運送)中に当該財が滅失・毀損することがあります。当該財の滅失・毀損につき企業(債務者)の責めに帰すべき事由があるときは,企業が損害賠償責任を負いますが(民法415条),自然災害等の不可抗力により当該財が滅失・毀損し,企業が当該財を移転できなくなった場合には,顧客が負う対価の支払義務が残存する(顧客が危険を負担する)のか,消滅する(企業が危険を負担する)のかという問題があり,これを危険負担といいます。

国内取引の実情では,引渡しの時に売主(甲)から買主(乙)に危険が移転する契約条件が多く,例えば,「引渡し前に生じた注文品の全部又は一部の滅失,毀損その他一切の損失は,乙の責めに帰すべき事由による場合を除き,甲の負担とし,引渡し後に生じたものは,甲の責めに帰すべき事由による場合を除き,乙の負担とする」と定めます。

他方,遠隔地者間の取引(特に輸出入取引)では,契約書等で,危険が移転する時点として「引渡し」を定義づけることがあります(「出荷工場車両積載渡し」等)。また,国際取引において採用される国際商業会議所が作成したインコタームズは,定型的な取引条件として,DAP(Delivered At Place=仕向地持込渡し)やFOB(Free On Board=本船積込渡し),CIF(Cost,Insurance,Freight=運賃・保険料込み条件)等の記号を用いて「引渡し」を定義づけ,危険負担に関する取扱いを定めます。

顧客が資産を検収したこと(第40項(5))

l  支配との関連性

検収は,顧客が自ら検査して企業が合意された仕様に従った資産を移転し,履行義務を充足したことを確認する行為であり,顧客が資産を検収したことは,顧客が当該資産の使用を指図し,当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を獲得したことの指標となります(指針14(5))。

l  検収

検収とは,約束した財又はサービスが契約において合意された条件(数量・品質・性能・仕様等)に従っているかどうかを検査して受領することをいいます。

法律上,債務の履行は,債務の本旨(契約により定まる債務の内容)に従ったものでなければなりません(民法415条)。企業は,顧客との契約において合意された条件に従っていない財又はサービスを提供しても,債務の本旨に従わない不完全な履行であり,契約の目的とされた財又はサービスを移転する義務(例えば,製品の引渡し義務)は消滅せず,追加的に当該義務を完全に充足する責任(目的物の修補,代替品の引渡し,損害賠償等)を負い続けます。

本基準の適用においても,企業が契約の目的とされた財又はサービスの物理的占有を顧客に移転しても,契約において合意された条件に従っていると客観的に判断できない場合には,財又はサービスの支配が移転せず,履行義務を充足しません(指針82参照)。

しかし,このような取扱いに従うと,企業が責任追及される可能性を抱えたまま長期間不安定な立場に立たされてしまいます。商法526条は,商取引の迅速性に配慮し,商人間の売買では,顧客は受領した目的物を遅滞なく検査する義務を負い,目的物が契約に適合しない場合でも,次のa又はbの契約不適合(瑕疵)の区分に従って企業に通知しなければ,その後の責任追及(代替物の引渡し,契約の解除,代金減額又は損害賠償)を制限します。

a 検査によって直ちに発見することができる契約不適合

顧客が目的物の検査後直ちに企業に通知しない場合は,企業は責任を負いません。

b 検査によって直ちに発見することができない契約不適合(隠れた瑕疵)

顧客が目的物の受領後6か月以内に企業に通知しない場合は,企業は責任を負いません。

検収は,商法526条に定める「検査」に該当します。商法526条は,商人間の売買契約に関する任意規定であり,取引の実情に応じ,この規定を明確化又は修正する特約として検収の契約条項を定めることが少なくありません。また,売買契約以外の契約類型でも,顧客の検査と契約不適合(瑕疵)の取扱いに関して定めることがあります。

l  適用指針「顧客による検収」

顧客との契約において検収の契約条項がある場合には,顧客による検収の取扱い(指針8083)に従って,顧客が財又はサービスの支配を獲得する時点に与える影響を考慮します。

代替的な取扱い

l  出荷基準等の取扱い

本基準第39項及び第40項に従うと,一時点で充足される履行義務について,資産に対する支配を顧客に移転することにより当該履行義務が充足される時に収益を認識することになります。他方,我が国のこれまでの実務では,実現主義の原則に従って売上高を計上するにあたり,出荷基準が幅広く用いられてきており,商品・製品の国内における販売を前提とする限り,商品・製品の出荷時から当該商品・製品の支配が顧客に移転される時までの期間が通常の期間である場合には,出荷時に収益を認識しても,商品・製品の支配が顧客に移転される時に収益を認識することとの差異が,通常,金額的な重要性に乏しいと想定され,財務諸表間の比較可能性を大きく損なうものではないと考えられます(指針171)。

そこで,本指針は,商品・製品の国内の販売において,出荷時から当該商品・製品の支配が顧客に移転される時(第35項~第37項・第39項・第40項に従って決定される時点,例えば顧客による検収時)までの期間が通常の期間である場合には,出荷時から当該商品・製品の支配が顧客に移転される時までの間の一時点(例えば,出荷時や着荷時)に収益を認識することができると定めます(指針98)。

本指針は,国内販売において,商品・製品の出荷時からその支配が顧客に移転される時点までの期間が通常の期間の場合には,出荷基準等を容認します。企業は,この代替的な取扱いに従って収益を認識する場合であっても,商品・製品の支配が顧客に移転される時点を決定することが前提となり,出荷時から当該時点までの期間が通常の期間であるという要件を満たすことを確認しなければなりません。

通常の期間とは,国内における出荷及び配送に要する日数に照らして取引慣行ごとに合理的と考えられる日数をいい(指針98),国内における配送においては,数日間程度の取引が多いものと考えられます(指針171)。

商品・製品の支配が顧客に移転される時点として「顧客による検収時」が例示されているように,我が国の取引の実情では,検収の完了(検査の合格)をもって商品・製品の「引渡し」とし,法的所有権と危険が顧客に移転すると定める契約が一般的です。検収の完了の時に商品・製品の支配が顧客に移転される場合には,出荷及び配送に要する日数だけでなく,検収に要する日数を含めて通常の期間内でない限り,出荷基準が容認されないことに留意します。取引慣行に照らし,出荷から着荷(納品)までが合理的な期間であっても,着荷から検収までが合理的な期間を超える場合には,出荷基準は容認されません。

 

【凡例】 第〇項   企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」

指針〇    同適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」

設例〇   同適用指針設例

IFRS第〇項    IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」

        IFRS/BC    IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠)

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