履行義務の充足

顧客により行使されない権利(非行使部分)

20211227

弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。

適用指針「顧客により行使されない権利(非行使部分)」の概要

企業が,顧客との契約の目的として,将来において財又はサービスを受け取る権利を顧客又は第三者に付与する場合があります。例えば,ギフトカードや商品券,返金不能のチケットの販売等があります(IFRS/BC 396)。このような契約には,①現在の契約の目的(とされた財又はサービス)はあくまで顧客又は第三者に対する“権利(の付与)”であり(将来において財又はサービス(の移転)自体を目的とする新たな契約を締結しません。),②顧客又は第三者がすべての権利を行使しない(あるいは行使せずに権利が消滅する)可能性があるという特徴があります。

このような契約では,企業は,Step2「契約における履行義務を識別する」で,契約における取引開始日に,契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制力のある義務として,将来において財又はサービスを移転する(ための準備を行う)履行義務を1つだけ識別します。また,企業が,顧客又は第三者による権利行使に応じて財又はサービスを移転する前に,顧客から対価を受け取る場合には,本基準第78項に従い,顧客から対価を受け取った時に,顧客から受け取った対価の額で契約負債を認識します(指針52)。

企業は,Step5「履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する」で,当該履行義務を一定の期間にわたり充足される履行義務と判定し,履行義務の充足に係る進捗度として“顧客又は第三者による権利行使”を採用し(アウトプット法),現在までに行使した権利と残りの権利との比率に基づいて収益を認識します(指針17)。履行義務の充足に係る進捗度の見積りにあたって,顧客又は第三者により権利のすべては行使されないと見込まれる場合には,企業が履行義務を完全に充足するときのアウトプットから,行使されないと見込まれる権利(非行使部分)を除くことにより,当該非行使部分の金額について,顧客又は第三者による権利行使のパターンと比例的に収益を認識します(指針54)。

適用指針「顧客により行使されない権利(非行使部分)」(指針5256)は,企業が,顧客との契約の目的として,将来において財又はサービスを受け取る権利を顧客又は第三者に付与する場合に,顧客又は第三者により行使されない権利(非行使部分)の収益の認識についての指針を提供します。

将来において財又はサービスを受け取る権利

l  将来において財又はサービスを受け取る権利

企業が,顧客との契約の目的として,将来において財又はサービスを受け取る権利を顧客又は第三者に付与する場合があります。例えば,ギフトカードや商品券,返金不能のチケットの販売等があります(IFRS/BC 396)。

このような企業の約束の性質には,以下のような特徴がみられます。

l  “権利(の付与)”が現在の契約の目的とされていること

企業は,顧客と締結した現在の契約において,将来における顧客又は第三者による一方的な意思表示(権利行使)に応じて財又はサービスを移転する義務を負います。契約の目的(とされた財又はサービス)は,あくまで“権利(の付与)”であり,企業が将来において移転するであろう財又はサービス自体ではありません。また,企業は,現在の契約とは別に,将来,財又はサービスを移転するにあたって顧客又は第三者との間で新たな契約を締結することはありません。

このような契約は,「将来において顧客が再販売するか又はその顧客に提供することができる財又はサービスに対する権利の付与」(第129(7))の一種であるといえます。

例えば,企業がギフトカードを顧客に販売し,その顧客からギフトカードを受け取った第三者に対し,そのギフトカードと引き換えに商品を移転する場合には,顧客との契約の目的は,企業から商品を受け取る権利(が表章されたギフトカード)です。ギフトカード保有者が将来において企業から受け取るであろう商品自体は,契約の目的ではなく,未だ特定されていない場合もあります。また,企業は,将来,商品を移転するにあたって,ギフトカード保有者との間で新たな契約を締結することはありません。

Ø  追加の財又はサービスを取得するオプションの付与との異同

将来において財又はサービスを受け取る権利は,契約における約束が“権利(の付与)”である点において,追加の財又はサービスを取得するオプションの付与に類似します。しかし,それが現在の契約の目的(とされた財又はサービス)である点において,追加の財又はサービスを取得するオプションの付与とは異なります。

追加の財又はサービスを取得するオプションの付与は,現在の契約の目的(とされた財又はサービス)ではなく,複数要素契約に含まれる付随的に又は販売促進のために提供される財又はサービスにすぎません。また,顧客がオプションを行使する場合には,企業と顧客との間で追加の財又はサービスに関する新たな契約を締結します。

l 権利のすべては行使されない可能性があること

企業は,顧客との契約において,将来における顧客又は第三者による一方的な意思表示(権利行使)に応じて財又はサービスを移転する義務を負いますが,顧客又は第三者が財又はサービスを受け取る権利のすべては行使しない(あるいは行使せずに権利が消滅する)ことが見込まれる場合があります。顧客又は第三者により行使されない権利を“非行使部分”と呼びます(指針53)。非行使部分が見込まれる契約でも,企業が履行義務を1つしか識別しないので,当該契約における取引価格の全部が当該履行義務に配分されます。

Ø  追加の財又はサービスを取得するオプションの付与との異同

将来において財又はサービスを受け取る権利は,行使されない権利(非行使部分)が見込まれる点において,追加の財又はサービスを取得するオプションの付与に類似します。しかし,現在の契約では履行義務が1つしか識別されず,当該契約における取引価格の全部が当該履行義務に配分される点において,追加の財又はサービスを取得するオプションの付与とは異なります。

追加の財又はサービスを取得するオプションの付与は,現在の契約では,そのオプションの履行義務のほかに,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務も識別するので(複数要素契約),当該契約における取引価格を独立販売価格の比率でそれぞれの履行義務に配分します。

追加の財又はサービスを取得するオプションの付与の独立販売価格は,直接観察できない場合が多く,企業は,そのオプションの行使時に顧客が得られるであろう値引き(本源的価値)にオプションが行使される可能性を反映して見積ります(指針50)。例えば,企業が,顧客に対し,オプションの行使時に製品1個につき代金20の値引きを受ける権利を付与し,オプションが行使される可能性を80%と見積る場合には,次のように独立販売価格を見積ります。

オプションの独立販売価格 = 本源的価値20 × オプション行使可能性80% = 16 

追加の財又はサービスを取得するオプションの独立販売価格は,非行使部分に相当する額(この例では,20%を反映した値引き4)だけ少額に見積るので,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務に配分される取引価格が相対的に多額になります。そのため,非行使部分に相当する額に配分されるべき取引価格(の大部分)は,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務に配分される取引価格に含まれ,契約の目的とされた財又はサービスが顧客に移転した時又は移転するにつれて収益として認識します。言い換えれば,追加の財又はサービスを取得するオプションの付与の非行使部分から生じる収益は,そのオプションの履行義務ではなく,他の履行義務の充足により収益を認識します(IFRS/BC 401)。

履行義務の識別と契約負債の認識

l  履行義務の識別

企業が,顧客との契約の目的として,将来において財又はサービスを受け取る権利を顧客又は第三者に付与する場合は,契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制力のある義務として,将来において財又はサービスを移転する(ための準備を行う)履行義務を1つだけ識別します。

l  契約負債の認識

企業が,顧客又は第三者による権利行使に応じて財又はサービスを移転する前に,顧客から対価を受け取る場合には,本基準第78項に従い,顧客から対価を受け取った時に,顧客から受け取った対価の額で契約負債を認識します(指針52)。

l  収益の認識

企業は,将来において財又はサービスを移転する(ための準備を行う)履行義務を一定の期間にわたり充足される履行義務と判定し,履行義務の充足に係る進捗度として“顧客又は第三者による権利行使”を採用し(アウトプット法),現在までに行使した権利と残りの権利との比率に基づいて収益を認識します(指針17)。

履行義務の充足に係る進捗度の見積りにあたって,権利のすべては行使されないと見込まれる場合には,企業が履行義務を完全に充足するときのアウトプットから,行使されないと見込まれる権利(非行使部分)を除くことにより,当該非行使部分の金額について,顧客又は第三者による権利行使のパターンと比例的に収益を認識します(指針54)。

企業が契約負債を認識した場合には,顧客又は第三者による権利行使に応じて財又はサービスを移転し,履行義務を充足するにつれて,当該契約負債の消滅を認識し,収益を認識します(指針52)。

契約負債の消滅及び収益の金額の算定については,下記「非行使部分から生じる収益」に留意します。

Ø  未請求資産

IFRS15号では,顧客の未行使の権利に帰属する受け取った対価のうち,適用のある未請求資産に係る法律に従って,企業が他の当事者(例えば,政府機関)への送金を要求されるものについては,収益ではなく,負債を認識すると定めます(IFRS/B 47)。

未請求資産(Unclaimed property)とは,企業が保有する所有者不明もしくは所有者に返還できない資産で一定の期間を超えたものをいい,国によっては,政府機関等の追加の財源として利用するため,法律によって政府機関等に納付するものとされています。

本指針も同様に定めますが(指針56),我が国には,現在,このような制度は存在しません。

非行使部分から生じる収益

l  非行使部分の会計処理

権利(オプション)を付与する履行義務に関し,権利のすべては行使しない(あるいは行使せずに権利が消滅する)ことが見込まれまる場合に,非行使部分から生じる収益をどのように認識すべきかについて,次のa又はbのいずれかの処理が考えられます(IFRS/BC 397,400)。本指針は,bを採用します(IFRS/BC 398)。

a 対価が支払われた時(支払期限が到来した時)に収益を認識する方法

対価が支払われた時(支払期限が到来した時)に非行使部分を見積り,直ちに収益を認識する処理が考えられます。

しかし,①企業が契約における義務を全く履行していないのに収益を認識することは企業の履行の忠実な描写にならず,②非行使部分の見積りによって,将来において財又はサービスを移転する(ための準備を行う)履行義務を過小評価するおそれがあるという欠点があります(IFRS/BC 400)。

b 契約における企業の履行につれて収益を認識する方法

顧客又は第三者による一方的な意思表示(権利行使)に応じて企業が財又はサービスを移転するにつれて収益を認識する処理が考えられます。

この処理は,将来において財又はサービスを移転する(ための準備を行う)履行義務が,実質的には,顧客又は第三者に移転すると見込まれる財又はサービスに対して,企業が見積る非行使部分から生じる収益を含めて(増額して)取引価格を配分したかのように取り扱います。

本指針は,①顧客又は第三者による不確実な権利行使に応じて企業が財又はサービスを移転するという契約に基づく企業の履行を忠実に描写しており,②顧客又は第三者が権利のすべてを行使する(非行使部分が存在しない)と企業が予想する場合には対価を増額する可能性があるから(例えば,返金不能の航空券を販売する航空会社は,非行使部分が存在しないと予想する場合には,おそらく航空券にもっと高い価格を設定します。),この処理が非行使部分に関する収益認識の最も適切なパターンであるとします(IFRS/BC 398)。

l  契約における企業の履行につれて収益を認識する方法

将来において財又はサービスを移転する(ための準備を行う)履行義務は,一定の期間にわたり充足される履行義務であり,履行義務の充足に係る進捗度として“顧客又は第三者による権利行使”を採用し(アウトプット法),現在までに行使した権利と残りの権利との比率に基づいて収益を認識します(指針17)。

契約における企業の履行につれて認識する方法は,履行義務の充足に係る進捗度の見積りにあたって,企業が履行義務を完全に充足するときのアウトプットから,行使されないと見込まれる権利(非行使部分)を除くことにより,当該非行使部分の金額について,顧客又は第三者による権利行使のパターンと比例的に収益を認識します(指針54)。

例:100,000相当の商品券を代金100,000で販売した後,50,000相当の商品券と引き換えに財又はサービスを移転した場合

a 顧客が権利のすべてを行使する(非行使部分が存在しない)と企業が予想する場合

(進捗度)    現在まで移転したもの        50,000

     ━━━━━━━━━━━━━━━ = ━━━━━ = 50

       完全に充足するまで移転するもの    100,000

      (収 益) 対価100,000×50%=50,000

b 顧客が権利の80%を行使する(非行使部分20%)と企業が予想する場合

(進捗度)    現在まで移転したもの          50,000

     ━━━━━━━━━━━━━━━ = ━━━━━ = 62.5

       完全に充足するまで移転するもの     80,000

 (収 益) 対価100,000×62.5%=62,500

     ※非行使部分20,000に対する62.5%に相当する12,500だけ収益が増加する。

以上のとおり,実質的に,企業が顧客又は第三者に移転すると見込まれる財又はサービスに対し,企業が見積る非行使部分から生じる収益を含む取引価格を配分するため,履行義務の充足に係る進捗度の見積りは,顧客が権利のすべてを行使する(非行使部分が存在しない)と企業が予想する場合に比較して増額されます。

Ø  追加の財又はサービスを取得するオプションの付与との異同

将来において財又はサービスを受け取る権利は,非行使部分から生じる収益を,当該権利に関する履行義務の充足すなわち顧客又は第三者による権利行使に応じた財又はサービスの移転のパターンと比例的に収益を認識します。

これに対し,追加の財又はサービスを取得するオプションは,非行使部分から生じる収益の大部分を,当該権利(オプション)に関しない他の履行義務の充足により収益を認識します。そのため,権利(オプション)の履行義務が全く充足されないのに,非行使部分から生じる収益を認識する場合があります。

しかし,追加の財又はサービスを取得するオプションについて企業が見積る非行使部分の金額は,他の履行義務と組み合わせたことによる値引きとしての性質も併せ有するので,1つの契約に含まれる履行義務の充足により収益を認識している点において,将来において財又はサービスを受け取る権利の収益認識のパターンと整合的であるといえます(IFRS/BC 401)。

l  非行使部分の見積りの制限

非行使部分の存在及び範囲は,将来において顧客又は第三者が一方的な意思表示(権利行使)をするかどうかという将来の事象の発生又は不発生により確定します。企業が見積る非行使部分の範囲が大きければ大きいほど,それが確定する前に企業が認識する収益が大きくなり,それが確定したときにいったん認識した収益を戻し入れる可能性があります。

そのため,将来における財又はサービスを移転する(ための準備を行う)という企業の履行義務を過小評価しないように,非行使部分に関する見積りについては,変動対価の見積りの制限と同様の制限を受けるべきです(IFRS/BC 399)。

そこで,本指針は,履行義務の充足に係る進捗度について非行使部分を見積る場合を,取引価格に準じ,「非行使部分について,企業が将来において権利を得ると見込む場合」と表現し(指針54),契約負債における非行使部分について,企業が将来において権利を得ると見込むかどうかを判定するにあたっては,変動対価の見積りの制限に関する本基準第54項・第55項の定めを考慮すると定めます(指針55)。

l  収益の額の算定

企業は,契約負債における非行使部分について,企業が将来において権利を得ると見込むかどうかを判定します。その判定にあたっては,変動対価の見積りの制限に関する本基準第54項の定めを考慮し(指針55),非行使部分の存在及び範囲に関する不確実性がその後に解消される際に,解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り,非行使部分について権利を得ると見込むと判定します(第54項)。

企業は,契約負債における非行使部分について,企業が将来において権利を得ると見込むかどうかにより,次のa又はbに区分し,履行義務の充足に係る進捗度を見積ります。

a 契約負債における非行使部分について企業が将来において権利を得ると見込む場合

企業は,履行義務を完全に充足するときのアウトプットから,企業が将来において権利を得ると見込む非行使部分を除いて,履行義務の充足に係る進捗度を見積ります。これにより,企業は,当該非行使部分の金額について,顧客又は第三者による権利行使のパターンと比例的に収益を認識します(指針54)。

非行使部分の金額については,変動対価の見積りの制限に関する本基準第55項の定めを考慮し(指針55),各決算日に見直します(第55項)。これにより,企業は,各決算日に履行義務の充足に係る進捗度を見直します。

なお,我が国のこれまでの実務では,一定期間経過後の一時点で契約負債の消滅を認識して収益を計上する取扱いがされてきましたが,非行使部分の見積りが実務において著しく困難であるとの意見もないことを踏まえ,本指針は,これまでの実務を容認する代替的な取扱いを定めません(指針187)。

b 契約負債における非行使部分について企業が将来において権利を得ると見込まない場合

企業は,履行義務を完全に充足するときのアウトプットから非行使部分を除かずに,履行義務の充足に係る進捗度を見積ります。

企業は,当該非行使部分の金額について,顧客又は第三者が残りの権利を行使する可能性が極めて低くなった時に収益を認識します(指針54)。

法人税法2-1-39は,商品引換券等の発行の日から10年を経過した日の属する事業年度の終了をもってその対価の残額を益金に算入する取扱いをしており,残りの権利を行使する可能性が極めて低くなったことの1つの目安となり得ます。

 

【凡例】 第〇項   企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」

指針〇    同適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」

IFRS/B          IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」付録B(適用指針)

        IFRS/BC    IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠)

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