返金が不要な顧客からの支払
2022年1月2日
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕
※本文中で引用,参照する会計基準書等の条項は,末尾の凡例に表示の略語で記載しています。
適用指針「返金が不要な顧客からの支払」の概要
企業が,契約における取引開始日又はその前後に,顧客に返金が不要な支払を課す場合があります。例えば,スポーツクラブ会員契約の入会手数料,電気通信契約の加入手数料,サービス契約のセットアップ手数料,供給契約の当初手数料等があります(指針141)。
このような契約では,企業は,Step2「契約における履行義務を識別する」で,①当該支払と交換に財又はサービスを移転するかどうかや,②当該支払と交換に顧客に移転する財又はサービスを独立の履行義務として識別するかどうかを判定します。多くの場合,企業は,当該支払について独立の履行義務を識別しないので,契約における取引開始日に,契約の目的とされた財又はサービス(例えば,スポーツクラブの利用・電気通信サービス等)を移転する履行義務のみ識別します。この場合には,企業は,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務を充足した時に又は充足するにつれて,返金が不要な顧客からの支払の金額を含む取引価格で収益を認識します。したがって,返金が不要な顧客からの支払は,将来の財又はサービスの移転に対する前払といえます(指針58)。
そのほか,企業は,返金が不要な顧客からの支払が契約更新オプションを顧客に付与していないかどうか(指針58)や,コストに基づくインプット法を適用する場合に契約管理活動及び関連するコストの影響をインプットの見積りから除外すること(指針60)に留意します。
適用指針「返金が不要な顧客からの支払」(指針57~60)は,企業が顧客に返金が不要な支払を課す場合に,関連する履行義務の識別やコストに基づくインプット法の適用についての指針を提供します。
返金が不要な顧客からの支払
l 返金が不要な顧客からの支払
企業が,契約における取引開始日又はその前後に,顧客に返金が不要な支払を課す場合があります。例えば,スポーツクラブ会員契約の入会手数料,電気通信契約の加入手数料,サービス契約のセットアップ手数料,供給契約の当初手数料等があります(指針141)。
顧客は,契約の締結にあたって,あるいは契約の締結の後に,対価(手数料)を支払う強制力のある義務を負い,多くの場合,契約の目的とされた財又はサービス(例えば,スポーツクラブの利用・電気通信サービス等)の提供を受ける前に当該対価(手数料)を支払うか,又はその支払期限が到来します。
返金が不要な顧客からの支払は,企業が,契約における取引開始日又はその前後において契約を履行するために行う契約管理活動により生じるコストを補償する趣旨で顧客に課す場合が多く,契約においてその旨(入会手数料,加入手数料等)を明示する場合も少なくありません(指針141,142)。
l 返金が不要な顧客からの支払と履行義務の識別
まず,企業は,Step2「契約における履行義務を識別する」で,契約における取引開始日に,顧客に対し,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務を識別します。
企業は,契約における取引開始日又はその前後に,顧客から返金が不要な支払を受ける場合には,以下のa及びbの順に判定・処理します。
a 当該支払と交換に財又はサービスを移転するかどうか
企業は,返金が不要な顧客からの支払と交換に財又はサービスを顧客に移転するかどうかを判定します(指針57)。
当該支払は,多くの場合,企業が契約における取引開始日又はその前後に契約を履行するために行う契約管理活動に関連しますが,当該活動は財又はサービスを顧客に移転しません(指針142)。例えば,サービスを提供する企業が契約をセットアップするために契約管理活動を行っても,その活動によりサービスを顧客に移転しません(指針4)。ただし,契約更新オプションを顧客に付与していないかどうかに留意します(指針58)。
この判定の結果,当該支払と交換に財又はサービスを顧客に移転しない場合には,企業は,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務のみ識別します(指針58)。この場合には,下記「独立の履行義務を識別しない場合(将来の財又はサービスの移転に対する前払)」に従って処理します。
b 当該支払と交換に顧客に移転する財又はサービスを独立の履行義務として識別するかどうか
当該支払と交換に財又はサービスを顧客に移転する場合には,契約の目的とされた財又はサービスとは別個のものかどうかを判断し(第34項参照),当該財又はサービスの移転を独立の履行義務として処理するかどうかを判定します(指針59)。
企業が契約を履行するために行う活動により顧客に財又はサービスを移転する場合でも,顧客は,法律上,任意に契約を履行しない企業に対し,契約の目的とされた財又はサービスの移転を強制すればよく,直接に当該活動を行うよう強制する必要がないため,通常,契約書等で当該活動を特定して明示することはありません。そのため,顧客との契約において,企業が当該活動を行う義務と契約の目的とされた財又はサービスを移転する義務を区分して識別することができず(第34項(2)参照),当該活動により顧客に移転する財又はサービスが契約の目的とされた財又はサービスと別個のものでない場合が少なくありません。
この判定の結果,当該支払と交換に顧客に移転する財又はサービスが契約の目的とされた財又はサービスと別個のものでない場合には,企業は,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務のみ識別します。この場合には,下記「独立の履行義務を識別しない場合(将来の財又はサービスの移転に対する前払)」に従って処理します。
l 独立の履行義務を識別しない場合(将来の財又はサービスの移転に対する前払)
企業は,Step2「契約における履行義務を識別する」で,①上記aの判定の結果,当該支払と交換に財又はサービスを顧客に移転しない場合,又は②上記bの判定の結果,当該支払と交換に顧客に移転する財又はサービスが契約の目的とされた財又はサービスと別個のものでない場合には,契約における取引開始日に,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務のみ識別します。
次に,企業は,Step3「取引価格を算定する」で,返金が不要な顧客からの支払の金額を含む契約価格の全部を取引価格として算定し,Step4「取引価格を契約における履行義務に配分する」で,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務にその全部を配分します(契約に単一の履行義務しかないので,本基準第68項~第73項を適用しません。)。
企業は,Step5「履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する」で,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務を充足した時に又は充足するにつれて,返金が不要な顧客からの支払の金額を含む取引価格で収益を認識します。
したがって,返金が不要な顧客からの支払は,契約の目的とされた財又はサービスの移転により,その金額を含む取引価格で収益を認識するので,将来の財又はサービスの移転に対する前払といえます(指針58)。
l 独立の履行義務を識別する場合
企業は,Step2「契約における履行義務を識別する」で,上記aの判定の結果,当該支払と交換に財又はサービスを顧客に移転し,かつ,上記bの判定の結果,当該財又はサービスが契約の目的とされた財又はサービスと別個のものである場合には,契約における取引開始日に,①契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務と②返金が不要な顧客からの支払に対する履行義務を識別します(複数要素契約)。
次に,企業は,Step3「取引価格を算定する」で,返金が不要な顧客からの支払の金額を含む契約価格の全部を取引価格として算定し,Step4「取引価格を契約における履行義務に配分する」で,①の履行義務と②の履行義務に対し,それぞれの独立販売価格の比率に基づいて配分します。この場合,返金が不要な顧客からの支払に関する契約価格(契約に明示された入会手数料等の金額)を独立販売価格と推定してはならないことに留意します(第146項)。
企業は,Step5「履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する」で,①の履行義務と②の履行義務のそれぞれを充足した時に又は充足するにつれて,それぞれの履行義務に配分された取引価格を収益として認識します。
返金が不要な顧客からの支払と更新オプション
l 契約更新オプション
契約更新に係るオプション(契約更新オプション)は,顧客の一方的な意思表示(又は意思表示をしないこと)により契約の存続期間(有効期間)が更新され,企業がこれを拒絶できない場合をいいます。
契約に一定の存続期間(有効期間)の定めがある場合,いずれかの当事者から拒絶の意思表示がない限り,当然に更新される旨の定め(自動更新条項)は,企業が更新を拒絶することができるので,更新オプションではありません。もっとも,企業の取引慣行,公表した方針等により企業が更新を拒絶しないという顧客の合理的な期待が生じている場合には,更新オプションに該当する可能性があります。
l 返金が不要な顧客からの支払と履行義務の識別
企業が,返金が不要な顧客からの支払と交換に財又はサービスを顧客に移転するかどうかを判定するにあたって,顧客に契約更新オプションを付与していないかどうかに留意します(指針58)。
返金が不要な顧客からの支払が契約のセットアップに伴う活動に関連する場合には,同一の顧客に関する更新に際して改めて企業に当該活動の負担が生じない場合が多いので,顧客は,企業が改めて返金が不要な支払を要求せずに契約(期間)の更新に応じてくれると期待することが少なくありません。企業が,顧客との契約において,①顧客から返金が不要な支払(例えば,更新料の支払)を受けない契約(期間)の更新を拒絶してはならない強制力のある義務を負うか,又は②企業の取引慣行,公表した方針等により,拒絶しないという顧客の合理的な期待が生じている場合には,契約更新オプションを契約における約束として識別します。そのオプションが当該契約を締結しなければ顧客が受け取れない重要な権利を顧客に提供する場合には,そのオプションの履行義務を識別します(指針48)。
l 更新オプションの会計処理
企業が契約更新オプションの履行義務を識別する場合には,Step3「取引価格を算定する」で,返金が不要な顧客からの支払の金額を含む契約価格の全部を取引価格として算定し,Step4「取引価格を契約における履行義務に配分する」で,①契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務と②契約更新オプションの履行義務に対し,それぞれの独立販売価格の比率に基づいて配分することになります。
しかし,契約更新オプションの独立販売価格の算定が複雑であるため,本指針は,実務上の便法として,更新オプション付きの契約を,一連のオプションの付いた契約ではなく,単純に予想される更新期間を含む見込み期間にわたる契約とみなし,企業が顧客に提供すると見込んでいるオプションに係る財又はサービス(及びこれに対して支払が見込まれる対価)を,取引価格の当初測定に含める処理を容認します(指針51,IFRS/BC 393)。
したがって,企業は,返金が不要な顧客からの支払について,契約の目的とされた財又はサービスに関して契約更新される期間を考慮して収益を認識することができます(指針58)。
返金が不要な顧客からの支払とインプット法
企業は,返金が不要な顧客からの支払について独立の履行義務を識別しない場合には,契約における取引開始日に,契約の目的とされた財又はサービスを移転する履行義務のみ識別します。これが一定の期間にわたり充足された履行義務であり,企業が履行義務の充足に係る進捗度の見積方法としてコストに基づくインプット法を採用する場合には,返金が不要な顧客からの支払に関連する活動についてのインプットの取扱いに留意します。
企業が契約締結活動又は契約管理活動で発生するコストを補償する趣旨で返金が不要な支払を顧客に課す場合には,当該活動によって企業にインプット(コスト)が発生します。しかし,当該活動が財又はサービスを顧客に移転しないために履行義務でない場合には,当該インプット(コスト)は,財又はサービスに対する支配を顧客に移転する際の企業の履行を描写しないので,当該活動及び関連するコストの影響をインプットの見積りから除外します(指針60)。
【凡例】 第〇項 企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
指針〇 同適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」
IFRS/BC IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」(結論の根拠)