2016年3月11日号(「公正な価格」を考える2号)
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

1 「公正な価格」の用語の使われ方
  「公正な価格」は,会社法の条文で使われている法律用語です。主に組織再編の局面で株式買取制度や株式価格決定申立制度を定める会社法116条,182条の4,469条,785条,797条,806条で「公正な価格」という用語が用いられています。そのほか,会社法は,株式会社又は指定買取人による譲渡等承認請求者からの買取り(同法144条)などの局面でも同様に株式価格決定申立制度などを設けていますが,「売買価格」や「価格」という用語が用いられています(同法172条,177条,179条の8,193条)。この法文の表現の違いに意味があるかについては後に述べるとして,ここで着眼していただきたいのは,「公正な価格」は「価格」であって,「価値」ではないということです。それでは,「価格」と「価値」は,どこが違うのでしょうか?
2 「価格」と「価値」
 日本公認会計士協会編「企業価値ガイドライン(改訂版)」(日本公認会計士協会出版局/2013年・6頁)では,株式の「価格」と「価値」を次のように定義しています。
 「価格」…売り手と買い手の間で決定された値段
 「価値」…評価対象会社から創出される経済的便益
 取引や評価の対象は,必ずしも会社だけではなく,事業や経営資源でも構いませんが,「価格」は,当事者間における売買取引の成立を前提としており,売り手と買い手の間で実際に合意に至った値段(取引上の価格)を指します。そのため,価格は,実際の売り手と買い手を観念(想定)することが不可欠の要素となります。これに対し,「価値」は,売買取引がなくとも,評価対象がある限り,評価することができます。「価値」は,評価の目的や当事者のいずれの立場かなどによって複数成立します(いわゆる“一物多価”)。例えば,同一の企業や事業,経営資源を対象としても,継続価値と清算価値の二種類が成立します。
3 適正な価格
 ところで,会社法が設ける株式価格決定申立制度では,当事者間で協議が調わないときに,裁判所に価格決定の申立てをし,裁判所が「公正な価格」を決定します。したがって,「公正な価格」は,実際に売り手と買い手との間で合意に至っていないため,厳密には「価格」ではなく,実際の売り手と買い手との間で合意に至るべき値段(適正な価格)を意味しています。このような適正な価格も広義において「価格」と呼んでもよいでしょう。

 

投稿者: 片山法律会計事務所