2016年5月11日号(「公正な価格」を考える8号)
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

1 「価値」から「公正な価格」を決定するためには
 このように価値自体は「売り手にとっての価値」としても「買い手にとっての価値」としても評価・算定することができます。もっとも,株式価値評価実務では,必ずしも「売り手にとっての価値」と「買い手にとっての価値」を峻別して算定していません。例えば,株式会社又は指定買取人による譲渡等承認請求者からの買取り(会社法144条),単位未満株式の買取請求・売渡請求(同法193条)など株主の経営参画(支配)に影響を及ぼさない株式譲渡のケースでは,「売り手にとっての価値」と「買い手にとっての価値」の間に有意な差異がなく,評価・算定した客観的な価値がそのまま「価格」を決定する参考になることが多いといえます。
しかし,特に組織再編の分野では,多くの場合,「売り手にとっての価値」と「買い手にとっての価値」に有意な差異があるので,「売り手にとっての価値」と「買い手にとっての価値」のどちらも評価・算定しなければ,「価値」から「公正な価格」を決定することができないことが少なくありません。
2 組織再編では取引対象が売り手の環境から買い手の環境に移転する
 企業や事業,経営資源の客観的な価値は,将来的にそれらが生み出す経済的便益,すなわち事業活動を継続して稼得される利益やキャッシュ・フローを織り込むことが不可欠ですので,事業活動の内容や経営資源が置かれる環境など利益やキャッシュ・フローを生む過程に関係する様々な要素が価値に影響を与えます。
ところが,組織再編では,取引対象である株式(企業・事業・経営資源)が売り手から買い手へと移るので,事業活動の内容や経営資源が置かれる環境は,組織再編の前と後とでは相当に変化していることが少なくありません。
 取引対象である企業や事業,経営資源は,組織再編の前は,売り手の環境(業界要因・企業要因・株主要因)下で事業活動を継続して利益やキャッシュ・フローを生み出していましたが,組織再編の後は,買い手の環境(業界要因・企業要因・株主要因)下で事業活動を継続して利益やキャッシュ・フローを生み出します。そのため,取引対象の価値は,組織再編の前の売り手の環境下にある状況を前提に評価・算定する場合と,組織再編の後の買い手の環境下にある状況を前提に評価・算定する場合とでは,明らかに有意な差異が生じます。

投稿者: 片山法律会計事務所