2016年9月11日号(「公正な価格」を考える20号)
弁護士・公認会計士 片 山 智 裕

増加価値(シナジー)をすべて買い手に配分する組織再編比率
 このケースで,S社株式1株に対してP社株式0.5株を交付する合併比率が唯一の「公正な」組織再編比率とは限らないことは,前に述べたとおりです。
 そこで,実際上は,相対的にP社固有の事業・経営資源の方がより大きくシナジーに貢献している場合もあり得ますので,試みに合併比率をP社に有利な方向へと動かしていきます。そうすると,下図のとおり,シナジー効果がすべてP社固有の事業・経営資源だけから生じていると仮定し,増加価値をすべてP社に配分する合併比率(S社株式1株にP社株式0.449株を交付する)の限界にたどり着きます。この限界のケースでは,S社少数株主の株式12株にP社株式5.39株を交付することになるので,吸収合併後のP社の発行済株式は51.39株(@111.3)となります。株主の利害をみてみると,S社少数株主は,吸収合併前はS社の企業価値600を把握していましたが,吸収合併後もP社の企業価値600を把握しており,株式価値に変動がありません。
 もし,S社株式1株に対して交付するP社株式が0.449株を下回るときは,S社少数株主にとって,吸収合併による全体の増加価値が全く配分されないどころか,1株当たり株式価値が毀損されてしまうので,そのような組織再編に反対することが明らかです。
 したがって,このケースでは,「売り手にとっての価値」すなわち“組織再編がない仮定での価値”(=増加価値をすべて買い手に配分する組織再編比率)は,企業価値600(組織再編比率0.449)であり,組織再編比率(価格)は,常に0.449以上でなければ成立しないはずなのです。
 ところが,売り手S社と買い手P社との間に実質的な支配従属関係があるこのケースでは,旧P社株主は,P社を介してS社の株主総会を支配しているので,S社少数株主に一方的に不利な合併比率であろうと,S社にそのような組織再編も承認させるはずです。
 つまり,企業(S社)自体の利害から判断すれば価格(組織再編比率)が成立しない領域でも,その株主(S社の大株主=P社)の利害から判断すれば価格が成立することがわかります。

増加価値(シナジー)をすべて買い手に配分する組織再編比率

投稿者: 片山法律会計事務所