連載「新しい収益認識基準で変わる契約書」

 

契約における約束の識別

 

2017年7月13日初版 弁護士・公認会計士 片山智裕

A4小冊子 10ページ

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「契約における約束の識別」 目次と概要

 

1.Step2「契約における履行義務を識別する」の概要

企業は,顧客との契約を識別した後の次のステップで,契約開始時に,当該契約における履行義務を識別します。このステップは,次のとおり細分されます。

1 契約における約束の識別

2 別個の財又はサービス(の束)の識別

3 履行義務の識別

 

☞企業は,契約の開始時に,まず,“契約における約束”を漏れなく識別し,対価を受け取る強制可能な権利との“交換”の関係が成立することを確認します。次に,企業は,識別した契約における約束を,“別個の財又はサービス(の束)”という会計単位に区切り,又は束ねて識別し,最後に“履行義務”として識別します。

 

2.Step2-① 契約における約束の識別

 

Step2「契約における履行義務を識別する」では,契約開始時に,当該契約で顧客に移転を約束した財又はサービスのすべてを識別するため(BC 87),まず,契約における約束を漏れなく識別します。

顧客との契約が成立している以上,企業からみて,対価を受け取る強制可能な権利(法律上の債権)と,①契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制可能な義務(法律上の債務)が発生しますが,この義務は,常に契約における約束として識別されます。

顧客との契約の中には,そのほかにも,②企業が負担し又は拘束を受ける強制可能な義務(法律上の債務)が含まれることがあり,この義務が経済的価値のある財又はサービスを顧客に移転するときは,契約における約束に該当する可能性があります。

また,当該顧客に③付随的に又は販売促進のために提供される財又はサービスの約束があるときは,契約における約束に該当する可能性があります(BC 88,89)。

さらに,企業の取引慣行,公表した方針又は具体的な声明により,企業が財又はサービスを移転するという顧客の妥当な期待が生じた④契約に含意されている約束も契約における約束に該当する可能性があります(BC 87)。

企業は,以上により識別したすべての契約における約束と,対価を受け取る強制可能な権利との間に“交換”(=同価値性)の関係が成立することを確認します。

 

☞企業は,契約における約束として,まず,①契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制可能な義務を識別します。そのほか,企業は,②企業が負担し又は拘束を受ける強制可能な義務,③付随的に又は販売促進のために提供される財又はサービスの約束,④契約に含意されている約束を,契約における約束として識別するかどうかを判定します。

 

3.契約における約束とは

 

●“約束”とは
本基準が用いる“約束”という用語は,社会道徳における「約束」に類似した事象によって企業が履行するという顧客の妥当な期待が生じたものを指しており,必ずしも法律の強制力を伴うとは限りません。本基準は,法律の強制力を伴わない,顧客の妥当な期待が生じている場合を「含意されている」と表現しています(第24条,BC 87)。

●“契約における約束”とは

“約束”は,必ずしも法律の強制力を伴わないために無限定になるおそれがありますが,“契約における約束”は,契約の成立を前提とし,“約束”がその“契約”に含まれていなければならないという限定を付するものです。本基準が用いる“契約における約束”は,“契約”に含まれる“約束”という意味に理解すればよいでしょう。

 

☞契約における約束は,財又はサービスを提供する強制可能な義務(法律上の債務)だけでなく,企業が履行するという顧客の妥当な期待が生じたものを含みますが,法律の強制力を伴わないものは,契約の成立を前提とし,その契約に含まれていなければなりません。

 

4.契約における約束の識別

 

●目的

契約における約束を識別する目的は,顧客が企業との間で契約の対価との“交換”の一部として交渉し,契約の結果として企業が移転するという妥当な期待を有する財又はサービスを漏れなく識別することにあります(BC 87)。

契約における約束は,別個の財又はサービスという概念を介して履行義務という会計単位に識別され,基本的に契約の対価に等しい取引価格が配分されることによって,契約開始時に,同額の契約資産(対価を受け取る権利)と契約負債(一つ又は複数の履行義務)を両建てで識別することになります(配分後取引価格アプローチ)。したがって,企業が識別する“契約の対価”と“契約における約束”との間に経済的な実質において“交換”(=同価値性)の関係が成立していなければなりません。

●“交換”の判定

契約の目的とされた財又はサービス(給付義務の目的)は,常に契約の対価との“交換”の全部又は一部を構成しますが,それだけでは契約の対価の全部との“交換”の関係が成立せず,他の財又はサービスも“交換”の一部を構成する場合があります。

“交換”は,経済的な実質に従って判定し,仮に企業が他の財又はサービスを移転する約束をしない場合には,客観的な経済合理性からみて,企業が受け取るべき対価がより低くなる,あるいは,他の企業との競争上,同額の対価での契約の獲得が困難になるという関係が認められるときは,そのような企業の約束は“交換”の一部であるとみるべきです。

●企業の履行に顧客の妥当な期待を生じさせる約束(契約に含意されている約束)

企業の取引慣行,公表した方針又は具体的な声明により,契約締結時において,企業が他の財又はサービスを移転するという顧客の妥当な期待が生じている場合は,顧客が他の財又はサービスも“交換”の一部として捉えて契約の交渉をし,当該契約の結果として企業が他の財又はサービスを移転する約束をしていますので,そのような約束も契約における約束として識別します(第24項)。

●約束が特定の契約に含まれること(特定の契約と当該約束との因果関係)

“契約における約束”とは,契約の成立を前提として,当該契約の結果として約束するものを意味し,当該契約がなければ,その約束を履行しないという因果関係がなければなりません。逆に,財又はサービスが当該契約とは独立して提供されるときは,契約における約束に該当しません(BC 89)。

●契約における約束の主従の地位

本基準は,契約の結果として約束したすべての財又はサービスは,その約束が契約の中で「主たる」ものかや「重要」なものかにかかわらず,契約における約束として識別しなければならないとしています(BC 90)。

 

☞企業は,顧客が企業との間で契約の対価との“交換”の一部として交渉し,契約の結果として企業が移転するという妥当な期待を有する財又はサービスを漏れなく契約における約束として識別し,契約の対価との間に経済的な実質において“交換”(=同価値性)の関係が成立することを確認します。企業は,顧客との契約が成立し,当該契約の結果として約束する(当該契約との因果関係がある)以上,顧客が契約の主たる目的としない販売インセンティブや他の付随的な財又はサービスであっても,契約における約束として識別する必要があります。

 

5.契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制可能な義務

一般的に,顧客との契約は,契約の目的とされた財又はサービスを明示しています(第24項)。法律上,契約の目的とされた財又はサービスを提供することを内容とする本来の債務を給付義務と呼びますが,この強制可能な義務(法律上の債務)に係る財又はサービスの約束は,契約における約束に該当します。

法律上,債務者は,債務の本旨(=契約により定まる債務の内容)に従った履行をしなければならないとされており(民法415条),企業の履行により納入・提供する財又はサービスは,顧客との契約において合意された条件(数量・品質・性能・仕様等)に従っていなければなりません。企業が,契約において合意された条件に従わない財又はサービスを顧客に納入・提供しても,債務の本旨に従わない不完全な履行であり,債務の履行が完了しません(債務が消滅しません)。

 

製品保証

企業が財又はサービスを顧客に納入・提供した後,当該財又はサービスに故障・不具合が生じたときの経済的な補償(代替品の納品,補修,損害賠償等)や当該財又はサービスを正常に使用するための経済的な便益(保守・点検・維持等)を提供する義務を負う場合は,その義務が契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制可能な義務(給付義務)の一部なのか,それとも別の義務なのかが問題となりますが,製品保証の適用指針(B 28~33)は,このような約束についての会計処理を定めています。

 

☞企業は,契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制可能な義務(給付義務)を契約における約束として識別します。

 

6.企業が負担し又は拘束を受ける強制可能な義務

一般的に,顧客との契約には,契約の目的とされた財又はサービスを提供することを内容とする本来の債務(給付義務)以外にも,企業が負担し又は拘束を受ける強制可能な義務(法律上の債務)が定められていますが,その義務が経済的価値のある財又はサービスを顧客に移転するときは,契約における約束に該当する可能性があります。

企業は,顧客との契約の内容(契約条項)から,企業が負担し又は拘束を受ける強制可能な義務を抽出し,その義務が経済的価値のある財又はサービスを顧客に移転し,かつ,契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制可能な義務(給付義務)とは異なる(実質的にその一部ではない)ときは,そのような義務も契約における約束として識別します。

 

返金不能の前払報酬

返金不能の前払報酬(入会金,加入手数料,セットアップ手数料など)に対する企業の履行(入会,加入,セットアップ等の管理作業)は,明示又は黙示に,企業が負担し又は拘束を受ける強制可能な義務として抽出することができますが,返金不能の前払報酬の適用指針(B 48~51)は,このような約束についての会計処理を定めています。

返金不能の前払報酬に対する企業の履行は,多くの場合,契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制可能な義務(給付義務)ではなく,その準備行為であって,活動の進捗(管理作業の履行)につれて約束した財又はサービスを顧客に移転しないため(B 49),契約における約束として識別しません(第25条)。

 

☞企業は,顧客との契約の内容(契約条項)から,企業が負担し又は拘束を受ける強制可能な義務を抽出し,その義務が経済的価値のある財又はサービスを顧客に移転し,かつ,契約の目的とされた財又はサービスを提供する強制可能な義務(給付義務)とは異なる(実質的にその一部ではない)ときは,そのような義務も契約における約束として識別します。

 

7.付随的に又は販売促進のために提供される財又はサービスの約束

 

例えば,電気通信会社が無償で通話機を提供したり,スーパーマーケット,航空会社及びホテルがカスタマー・ロイヤルティ・ポイントを付与したりするなど(BC 88),企業が顧客と契約を締結し,当該契約の結果として,付随的に又は販売促進のために提供される財又はサービスを約束する場合は,そのような約束も契約における約束として識別します。

 

追加的な財又はサービスに対する顧客のオプション

付随的に又は販売促進のために提供される財又はサービスの典型は,販売インセンティブや顧客特典クレジット(又はポイント),契約更新オプション,将来の財又はサービスに係るその他の値引きなど,追加的な財又はサービスを取得するオプションを顧客に付与する形態です。追加的な財又はサービスに対する顧客のオプションの適用指針(B 39~43)は,このような約束についての会計処理を定めています。

 

顧客の未行使の権利

例えば,ギフトカードや返金不能のチケットの販売など(BC 396),企業が,顧客に対し,将来において契約の目的とされた財又はサービスを受け取る権利を与える(販売する)形態の契約では,単一の履行義務しか識別されませんが,顧客の未行使の権利の適用指針(B 44~47)は,このような約束についての会計処理を定めています。

 

☞企業が顧客と契約を締結し,当該契約の結果として,付随的に又は販売促進のために提供される財又はサービスを約束する場合は,そのような約束も契約における約束として識別します。

 

8.契約に含意されている約束

 

例えば,利用可能になった時点で提供されるソフトウェアのアップグレード(BC 87)など,企業が負担し又は拘束を受ける強制可能な義務(法律上の債務)とはいえなくとも,企業が顧客と契約を締結し,当該契約の結果として,その時までに生じた企業の取引慣行,公表した方針又は具体的な声明により財又はサービスを移転するという顧客の妥当な期待が生じている場合は,そのような約束も契約における約束として識別します。

 

☞企業が顧客と契約を締結し,当該契約の結果として,その時までに生じた企業の取引慣行,公表した方針又は具体的な声明により財又はサービスを移転するという顧客の妥当な期待が生じている場合は,そのような約束も契約における約束として識別します。

 

投稿者: 片山法律会計事務所