第7回

 今回は、発行会社が譲渡等を不承認とした場合に譲渡等承認請求者から株式を買い取るための手続のうち、一株当たり純資産額の計算、売買契約の解除について解説します。

1 一株当たり純資産額

 発行会社または指定買取人が発行会社の本店所在地を管轄する供託所(法務局)に供託しなければならない暫定買取代金は、次の算式で計算します(会社法141条2項、142条2項)。

暫定買取代金=一株当たり純資産額×対象株式の数

 この金額を暫定買取代金と呼ぶ理由は、買取通知の日から20日以内に、発行会社も譲渡等承認請求者も裁判所に売買価格決定の申立てをしなかったときは、この金額が売買代金に確定するからです(会社法144条5項、7項)。

(1) 算定基準日

 一株当たり純資産額を算定するための算定基準日は、買取通知が譲渡等承認請求者に到達した日となります(会社法施行規則25条6項1~4号)。譲渡等承認請求者が買取通知を受けたときは、株式買取請求を撤回することができなくなり(会社法143条)、売買契約が成立するので、譲渡等承認請求者が買取通知を受けた日は、その後に移転する株式の価値をできるだけ反映した価格を合意する日として最も適切であるといえます。

(2) 一株当たり純資産額

 一株当たり純資産額は、次の算式で計算します(会社法施行規則25条1項)。

  一株当たり純資産額=基準純資産額÷基準株式数×株式係数

 基準日における純資産は、本来は、事業年度中の直近までに行われたすべての取引を反映し、仮決算を行った純資産の額であるべきですが、あくまで暫定の簡易計算であるため、監査を経ず、決算として確定しない損益(当期純利益)まで反映せずともよいと考えられます。そこで、会社計算規則25条3項は、基準純資産額の算定にあたって、自己株式の処分、剰余金の配当などの期中の資本取引による貸借対照表の純資産の科目の変動を反映する一方で、期中の損益取引により増減する当期純利益(利益剰余金)や評価・換算差額等の変動を反映しないこととしています。 

① 基準純資産額

 基準純資産額は、算定基準日における次のア~キの合計額からクの額を控除した額となります(会社法施行規則25条3項)。基準純資産額が負の数(マイナス)となる場合は0となります。

 基準純資産額の算定にあたっては、下記オの評価・換算差額等に係る額を除き、基本的に最終事業年度後の事業年度中の算定基準日までの変動を反映した貸借対照表の純資産の科目の額を用います。算定基準日までの損益計算書の科目(当期純利益など)は用いません。

 最終事業年度とは、各事業年度に係る計算書類につき定時株主総会の承認を受けた場合における当該各事業年度のうち最も遅いものをいいます(会社法2条24号、会社法施行規則2条3項9号イ)。たとえば、3月決算の株式会社で、買取通知が令和8年5月14日に到達し、同年3月期の計算書類を承認する定時株主総会が未だ開催されていないものとします。この場合、最終事業年度は、令和6年4月1日~令和7年3月31日となります。

ア 資本金の額

イ 資本準備金の額

ウ 利益準備金の額

エ 利益剰余金の額および資本剰余金の額(会社法446条に定める剰余金の額)

 最終事業年度の末日におけるその他資本剰余金の額とその他利益剰余金の額の合計額(会社法446条1号、会社計算規則149条)に最終事業年度の末日後に生じた➊自己株式の処分・消却、➋剰余金の配当、➌資本金または準備金の額の減少・増加、➍組織再編による資本剰余金・利益剰余金の増減を反映します(会社法446条2~7号、会社計算規則150条1項)。ここにいう「剰余金の額」には、未だ監査を経ず、決算として確定していない当期純利益の額を含みません。

オ 最終事業年度の末日における評価・換算差額等に係る額

 最終事業年度がない場合は、成立の日における額、臨時計算書類を作成している場合は、最も遅い臨時決算日における額とします。

カ 株式引受権の帳簿価額

キ 新株予約権の帳簿価額

ク 自己株式及び自己新株予約権の帳簿価額の合計額

② 基準株式数

ア 種類株式発行会社でない場合

 種類株式発行会社でない場合、基準株式数は、発行済株式総数から自己株式数を控除した数となり、次の算式で計算します(会社法施行規則25条4項1号)。

  基準株式数=発行済株式総数-自己株式数

イ 種類株式発行会社である場合

 種類株式発行会社である場合、基準株式数は、各種類の発行済株式総数から自己株式数を控除した数に各種類に応じた株式係数を乗じた数の合計数となり、次の算式で計算します(会社法施行規則25条4項2号)。

 基準株式数=種類Aの発行済株式総数(自己株式数を除く)×種類Aの株式係数

       +種類株式Bの発行済株式総数(自己株式数を除く)×種類Bの株式係数

       +…

③ 株式係数

 原則として、株式係数は1であり、例外として、種類株式発行会社であって、定款で株式係数を1とは異なる数を定めた場合には当該数となります(会社法施行規則25条5項)。配当優先株式などの種類株式は、普通株式より経済的な価値が高いため、定款で株式係数を定める理由がありますが、非公開会社が定款に株式係数を定める例はほとんどありません。

2 売買契約の解除

 株券発行会社の場合、発行会社または指定買取人は、譲渡等承認請求者が暫定買取代金の供託を証する書面(供託事項証明書)の交付を受けた日から1週間以内に対象株式に係る株券を供託しなかったときは、対象株式の売買契約を解除することができます(会社法141条4項、142条4項)。

(1) 譲渡等承認請求者による株券の供託

 株券発行会社の場合、発行会社または指定買取人から暫定買取代金の供託を証する書面の交付を受けた譲渡等承認請求者は、交付を受けた日から1週間以内に対象株式の株券を発行会社の本店の所在地の供託所(法務局)に供託しなければなりません。また、株券の供託を行った譲渡等承認請求者は、発行会社または指定買取人に対し、遅滞なく、株券の供託を行った旨を通知しなければなりません(会社法141条3項、142条3項)。

 譲渡等承認請求者は、この通知に際して、発行会社または指定買取人に対して供託を証する書面を交付する必要はありませんので、法務局で供託事項証明書を取得する必要はなく、供託正本を自ら保管しておけば足ります。

(2) 売買契約の解除

 株券発行会社の場合、譲渡等承認請求者が上記の期間内に株券の供託を行わなかったときは、発行会社または指定買取人は、対象株式の売買契約を解除することができます(会社法141条4項、142条4項)。

 この解除権は、発行会社または指定買取人にのみ認められており、この解除権を行使した場合、発行会社または指定買取人が対象株式を買い取る必要がなくなります。また、みなし承認の効果が生じることはなく、対象株式の譲渡等を不承認とする決定の効果のみが残るので、その後に譲渡等承認請求者による対象株式の譲渡等があっても、その効力は生じません。

 なお、濫用にわたらない限り、譲渡等承認請求者が再び譲渡等承認請求を行うことは妨げられないので、解除後に再び譲渡等承認請求があった場合には、発行会社は、譲渡等承認請求を受けたときの手続を繰り返すことになります。

 そのため、発行会社または指定買取人は、解除権を行使せずに、売買契約に基づいて株券の引渡し請求を行うという選択肢も考えられます。

 次回は、売買価格の協議、売買価格決定の申立て、売買価格の確定、供託金(暫定買取代金)の取扱い、源泉所得税の取扱いについて解説します。

【Q&A】

1 3月決算の非公開会社である当社は、株主から譲渡等承認請求を受け、これを不承認として買取通知を発送し、同通知は令和8年5月14日に譲渡等承認請求者に到達しました。令和8年3月31日までの事業年度の計算書類は、未だ定時株主総会で承認されていません。この場合、裁判所で決定する株式価格と暫定買取代金の算定には、どのような違いがありますか?

 裁判所で決定する株式価格は、売買契約が成立した買取通知の到達日を基準日として、さまざまな評価方法(インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、ネットアセット・アプローチ)から適切な方法を単独で採用し、または複数の方法を併用し、もしくは折衷する方法で総合的に評価します。ネットアセット・アプローチの一つとして簿価純資産法があり、厳密には基準日である令和8年5月14日時点で仮決算し、同年4月1日から同年5月14日までの期中の当期純利益も利益剰余金に取り込んで評価します。

 他方、暫定買取代金は、あくまで暫定的な株式価格として簡便に計算できる簿価純資産法に類似する方法で、算定基準日である令和8年5月14日時点の基準純資産額を算定します。令和8年3月31日までの事業年度の計算書類が未だ定時株主総会で承認されていないため、最終事業年度は、令和7年3月31日までの事業年度になり、基準純資産額には、令和7年4月1日から令和8年5月14日までの自己株式の処分、剰余金の配当などの資本取引による貸借対照表の純資産の科目の変動を反映しますが、その間の損益取引による損益計算書の科目(当期純利益など)や評価・換算差額等の変動を反映しないこととしています。

 したがって、裁判所で決定する株式価格の評価方法として採用される可能性のある簿価純資産法と、暫定買取代金の算定要素となる基準純資産額は、貸借対照表の科目の簿価を基礎にするというアプローチは類似していますが、基準純資産額には最終事業年度後の事業年度の損益取引による損益計算書の科目や評価・換算差額等の変動が反映されない点が異なります。とくに、設問のように、最終事業年度の末日と算定基準日が1年以上離れる場合には、(算定)基準日が同一であっても、簿価純資産法による評価額と基準純資産額に乖離が生じることとなります。

2 非公開の株券発行会社である当社は、株主から譲渡等承認請求を受け、これを不承認とし、対象株式を買い取るために暫定買取代金の供託事項証明書を譲渡等承認請求者に交付しました。しかし、それから1週間以上経過しても、譲渡等承認請求者が株券を供託しません。

 ①実際には当社が株券を発行していない場合、②実際に当社が株券を発行していた場合のそれぞれについて、当社は、どのように対応したらよいでしょうか?

 株券を発行する旨の定款の定めが登記されている株券発行会社でも、実際には株券を発行していない非公開会社は少なくありません。

① 実際には株券を発行していない場合には、譲渡等承認請求者は、株券を供託することができませんので、当社に対し、供託を行った旨の通知(会社法141条3項後段、142条3項後段)の代わりに、株券の交付を受けていない旨の通知をする場合もあります。

 実際には当社が株券を発行していないことが事実であれば、暫定買取代金の供託事項証明書の交付から1週間が経過しても、当社に対象株式の売買契約の解除権が発生することはありません。

 したがって、当社は、対象株式の売買契約を解除することなく、譲渡等承認請求者と株式の売買価格を協議し、協議が調わない場合には、買取通知から20日以内に裁判所に売買価格決定の申立てを行います(会社法144条1項、2項)。

② 実際に株券を発行していた場合には、暫定買取代金の供託事項証明書を交付してから1週間が経過したときに、当社に対象株式の売買契約の解除権が発生します(会社法141条4項、142条4項)。もっとも、対象株式の売買契約を解除した後でも、濫用にわたらない限り、譲渡等承認請求者が再び譲渡等承認請求を行うことは妨げられないので、解除後に再び譲渡等承認請求があった場合には、当社は譲渡等承認請求を受けたときの手続を繰り返すことになります。

 当社は、譲渡等承認請求者による供託の失念、株券の発見や株券失効制度などの事由により、再び手続が繰り返される可能性やその時期(基準日が遅れると株式価格も変動します。)を予測しながら、解除権を行使するかどうかを決定します。

 当社が解除権を行使しない場合には、株式価格が確定したとしても株券の交付がない限り株式移転の効力が生じないリスクを負うので、➊譲渡等承認請求者との間で株券の預託に関する合意をするかどうか(解除権を行使しない代わりに株券の預託を受けるなど)、➋譲渡等承認請求者に対し、株券の引渡し請求を行うかどうか、➌譲渡等承認請求者が当該株券を第三者に移転できないようにするため、株券の占有移転禁止の仮処分(執行官が株券の占有を取得し、保管する方法)を行うかどうかを検討します。

投稿者: 片山法律会計事務所